短編小説『永遠の深い眠り』

目を閉じた。

美月と妻の美由紀が現れて、お互いに顔を見合わせて笑っている。

美月と美由紀が笑顔で私を見てくれた。

良かった。

贖罪されたような気がした。

また深い眠りが私を襲ってきた。

身体の中に熱いものが流し込まれたような気がしたとたんに身体が軽くなった。

気が付けば、４０年前の夜の札幌の街の郊外を彷徨っている。

あの時と同じ風景。

グレーと黒の世界。

住んでいる人たちは、みんな寝静まっていて、少しの明かりも漏れていない。

足元の雪を踏みしめるキュキュという乾いた音だけが、闇夜に響き渡る。

手術着を着たままで素足なのに、寒さは不思議と感じない。

何処まで行っても、同じ風景が続く。

同じところを何度も歩いているような気がする。

少しの明かりも見えない。

随分ながい時間歩いていると、体が急に浮き上がって、地面に足がついていないような気がした。

あたりが真っ暗になってきた。

私は暗闇の中を泳ぐように先へ進む。

どこかでブランコの揺れる音が聞こえてくる。

子供たちが、はしゃいで走り回っている音が聞こえる。

私は闇の中をその声がする方に進む。

暫くすると、その声が大きくなってきた。

もうすぐ近くまで来ているはずなのに何も見えない。

真っ暗闇だ。

騒がしい音の中に、澄んだ鐘の音が混じっている。

私は、その鐘の音に導かれるように暗闇の中を進む。

規則正しく鳴る鐘の音は心地よい。

気が付くと一切の雑音が消えて鐘の音だけになった。

私はずっとその音を聞いていたかった。

心地よい音は私の身体に中に染み込んで行く。

清らかな響き。

段々と音の間隔が長くなってきた。

ゆっくりとその間隔が長くなる。

私はずっとその音を聞いていたかったのに、増々間隔が、長くなってゆく。

音も段々と小さくなってきている。

間隔が長くなり、音が小さくなってゆくほど、私は闇に中に溶けこんで行くような気がしている。

ずいぶん時間がたってから、忘れかけた頃に、か細く鐘の音が鳴る。

その音はあまりにも小さかった。

次の音は、もう聴こえないかもしれない。

ひたすら待った。

もう鳴らないのかもしれないと思い始めた頃、最後の鐘の音が鳴った。

それは、あまりにも、微かな響きだった。しかし、それは尾を引いて、何時までも闇の中を広がって行く。

やがて、音がなくなった。

私は闇の中に吸い込まれてゆくのが分かった。

何も感じない。

闇の中に溶けだして行く。

遠くで霧笛が鳴ったような気がした。

余韻だけが取り残される。

闇の中に吸い込まれて闇となった。

「５時４８分、ご臨終です」

病室に娘のカンナと美由紀のすすり泣きに混じって、かすれた主治医の田中先生の声が響いた。

眠った。

深い眠りだった。