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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第9話「人斬りの横顔」
「誰を追っておる?」
「土佐浪士の中岡慎太郎」
大石鍬次郎は、前を向いたまま一瞥もくれずに答える。
「確か中岡は、最近土佐藩士の身分に戻っておるぞ、それでもやるのか」
「近藤局長の命令だ」
大石は、鋭い視線を前に向けたまま、吐き出すように言葉を出すと、頬が歪に緩んで口元が少し開いて、音にならない言葉を何ごとかつぶやいた。
大石は、「人斬り」の顔になっている。
「北白川から、折角向こうからのこのこと鴨川を渡って、お出ましになったのだ。もう向こうへは渡らせない」
「踏み込んで討ち入りはするのか?」
「出来ない。この界隈の討ち入りは禁止されている。面倒なことになる」
「出てくるのを待つのか?」
「待つ。多分夜まで出てこないだろう。それまで、待つ。こっちとしても、この大通りじゃ、真っ昼間に大立ち回りは出来ん。ましてや相手は三人、仕損じる」
「齊藤一さんこそ、ここで何を?」
「この界隈の警護だ。特にこの並びの近江屋には坂本龍馬が潜んで居る。特に、坂本を守れと言われておる」
「同士討ちだけは、御免だぜ」
「中岡のことは、何も聞いておらん。近藤さんに確認を取る。それまで待っていてくれ」
「分かった。どうせ、夜まで中岡は出てこん」
「おい、越前小僧。小便ちびるなよ」
齊藤は、大石の隣で震えている若い隊士に声をかけた。奥の若い隊士は、前を向いたまま「はい」と短く答えた。
すぐさま齊藤は、菊屋の二階に戻り、残る三人の御陵衛士に状況を説明して、不動堂村の新選組の屯所に向かった。
御陵衛士の中で、元居た新選組と自由に行き来できるには、この齊藤一しかいない。
彼は、唯一の連絡役なのである。
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