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短編小説『物価の高騰による思いがけない悲劇の予感』

若い大工が、知恩院さんの山門の模型が出来上がったので、直ぐに見に来てくださいと私を呼びに来ました。

今までの見たことのない程の大きな模型が出来上がっています。

その周りを大棟梁の主人や棟梁らが取り囲んでいます。

模型を見なくても、主人の自慢気な顔を見ると、凡その出来具合は分かります。

私は、父が手掛けた東大寺さんの南大門の様子を知っているだけに、その模型の緻密さには驚かされます。

垂木斗栱(ときょう)の織り成す綾模様が、規律のある精緻の繰り返しが続く中にある未来への可能性を浮かび上がらせており、鳥肌が立つくらいに見事な出来栄えを見せています。

大地に宿る生命力を具現化した唐様の南大門と比べると、この模型の方が遥かに今風な感じがします。

「ちまちました小細工が、流行りなのですかねえ。これで実際の大きさの山門を作ると、うるさくて、落ち着きのないものになってしまわないかしら」

本来の性分でしょうか、素直に褒めることが出来ません。

分かっているのについ言い過ぎてしまいます。

主人は、それを聞いても、珍しく反応しませんでした。

何か他の事を考えているようです。

主人らは早速、造作奉行の五味金右衛門様のところへ、まるで神輿を担ぐ様に模型を持って行きました。

一同は、夜遅くに手ぶらで帰ってきて、早朝にまた出かけて行きました。

帰って来たのは、また夜遅くでした。

主人は、疲れ切った顔をしています。

模型が出来上がった時の自慢顔とは、別人の様です。

「どうでした。苦心して作った模型は気に入ってもらえましたか」

「気に入って、もらえた。見事な出来映えだと、五味様に褒めて頂いた。しかし、・・・」

「褒めて頂いたのなら、良かったのではないのですか。なぜ、そのような浮かない顔をされているのですか」

「見積もりが、全く合わないのだ。木材の値段が高騰しているそうだ。小堀遠州様にも見て頂いたが、この三門をよく見せるには、鴨川から三門までと本堂に至るまでの普請が必要になるそうだ。それを入れると、当初の見積もりの二倍になってしまうそうだ。小堀様も、関わりを持った責任を感じて幾らかを援助して下さるそうだが、とてもじゃないが足りない」

「それで、どうなさるおつもりですか。まさか、諦めるのではないでしょうね」

「諦めない。何としてもこの仕事はやり遂げる。引き継ぎさせていただいた中井正清殿に恩義があるので、そう簡単には辞退出来ない。幸いにも、五味様は話の分かるお奉行様だ。私らの言い分を聞いて下さった。そして、それをお上に挙げて頂けることになった」

「それならば、何にも問題はないのではないのでしょうか。それなのに、あなたが、そんなに浮かぬ顔をされているには、何か訳があるのですか」

「気になるのだ。五味様は、表裏のない一本気な方なので、私らと、お上との間に挟まれて、苦しい思いをされることがあるかもしれぬ。五味様が良い人だけにそれを思うと辛いのだ」

後々思い起こしてみますと、主人はその後の展開をその時点で予測していたのでした。

私などは、何も気にしなかったのですが、さすが主人はその後の悲劇を予感していたのでした。


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大河内健志
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