短編小説『仕事のできる人間は妬まれる』
知恩院さんの工期は二年とあらかじめ決められています。
奈良いた頃、東大寺の宮大工でしてきたように、ゆっくりと丁寧に時間をかけて建ててゆくことは出来ないのです。
棟梁たちを束ねる立場である大棟梁の主人も、今では自ら道具を手にして若い大工に教えながら仕事をすることも出来なくなってしまいました。
それだけの時間の余裕がないのです。
それぞれの棟梁から上がってくる課題を聞いて、それに対処するだけで手一杯の状態です。
もう大工と言うより、お役人みたいな仕事ぶりです。
二年など、あっという間に過ぎてしまいますから、そうでもしないとやっていけないのでしょう。
役人と言えば、今回の知恩院山門の建立の総責任者は、造作奉行の五味金右衛門様です。
この方は今まで見てきたお役人と大分違いました。
住まいが近いものですから、足繁く現場に足を運んでいましたが、いつ行っても五味様は、いらっしゃいました。
夏の暑い時も、冬の寒い時も、常に現場にいらっしゃいましました。
そんなにべったり現場に足を運ばれるお役人は居ません。
その意味では五味様は、今までのお役人とは違ったお人柄の方でした。
現場では、大棟梁の主人に、それぞれの棟梁から持ち上がってくる意見が上がって来ます。
大棟梁はそれを聞いて判断し、棟梁に指示を与えます。
棟梁は、それを自分の配下の者に伝えて、それぞれの大工が納得して仕事を進めてゆきます。
その様子を五味様は、黙って傍らで見えられるのです。
決して、その場で口を挟むようなことはされません。
なぜこういう意見が持ち上がって、来ているのか。どういう指示を出したのか。棟梁は、それをどういう風に現場に伝えたのか。
一切をご自分なりに把握しようとされているお姿が伺えました。
実際に作業をしている大工にも、ねぎらいのお言葉を欠かさずに掛けられます。そしてさりげなくどのような指示の下で、作業をしているのか質問をされるのです。
五味様は、この三門がどの様にして建てられていくのか、全て把握されていたのではないのでしょうか。
そこまでされるお役人など見たこともありませんでした。
そして、それが返って仇になるとは、その時は全く思わなかったのです。
つづく