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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第8話「生きるために前に出よ」
「齊藤じゃ」
手で制して、二人の刀を押しとどめた。後詰めの二人は、慌てて頭を下げた。
そのあたりは、場数を踏んでいる齊藤は、格が違う。すっと狭い小路の脇をすり抜けた。
依然、前の三人は前を向いたままである。鯉口は切っていないものの、右手は柄を握り何時でも抜ける状態にしてある。
真ん中の大石鍬次郎は、峻嶮な山の頂にあって、どんなものでも見逃さないという大鷲のような鋭い目つき。右手には手槍を捧げている。口元が少し緩み不敵な面構え。何時間も待っても、これから始まる殺戮の為なら、平気な様子。
それに比べて、奥の若者は、小刻みに震えている。
こちらまで、歯がかみ合う音が来そうな気配。見ると見覚えのある顔。齊藤がまだ、本隊の新選組にいる時に入隊してきた隊士だ。確か越前から来たと言っていた。道場の稽古で一度立ち会ったことがある。
素直な剣さばきで、筋がいい。
ただし、それは道場だけの話で実戦ではまだまだ使えないと思った。実戦では、胆力だけがものを言う。ただがむしゃらに前に出て、斬りこめるかどうかということだけだ。
その若者が、目の前にいて震えている。しかも、大石隊の「左前」と呼ばれる位置である。
大石隊のように少人数の斬り込み隊の場合、前列の左側に経験の浅い隊士をそこに充てる。
斬り合いの場合、相手はほとんどと言っていいほど右袈裟懸けに斬ってくる。斬り合いは、右袈裟懸けの斬り合いと言ってもいい程である。相手と正面から向かい合った場合に、左側にいるものが、斬られる可能性が非常に高い。
だから、そこに位置する者は相手が斬る前に先に斬りかからないといけない。それ以外に斬られない方法はない。
顔見知りの若い隊士は、その「左前」にいた。
新選組で一人前の隊士になるには、三つの「肝試し」をくぐり抜けなくてはならない。
一つは、「介錯」。隊規に背いた者には、切腹が申し渡される。
切腹は、武士としての生き様を表現できる最後であり、最も厳粛な作法である。切腹する者が短刀を自分の腹に突き刺し、武士としての理性が失われるその一瞬に、その者の首を一刀のもとに断ち切る。
二つ目は、「提灯持ち」。夜間の見廻りに時に提灯を提げて先頭を歩く役目をする。
この先導役は、潜む敵に目立つので真っ先に斬りつけられる。又、唯一明かりを持っているので、逃げる訳にはいかない。常に先頭に立って、光を相手に向けて味方の攻めに有利になるようにしなければならない。
刀で斬り合うより、胆力が試される役割である。
そして、最後がこの「左前」である。
これで場数を踏ませる。斬り合いでは、免許を持とうが腕が立とうが関係ない。相手に斬られる前にこちらが先に斬り込むしかない。斬り込むには、足を前に踏み出さないと斬れない。しかし、これが一番難しい。刀だけ振り回しても相手には届かない。真剣を持つと自分が思っている以上に前に出られないものだ。最初は、誰でもそうである。
「まず、相手の足を踏みつけろ、そうすれば刀は後からついてくると」教えられる。「左前」は、闘牛のように相手に向かって、前に出てゆくしか生きる道はないのである。
そこで、生きる道を自ら掴み取る。それさえ出来るようになれば、新選組の隊士として一人前になるのである。
つづく
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