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人口と経済に関する一考察ー大泉の議論とLee and Masonの議論

はじめに

これまで、中国の人口と経済に関するnoteを書いてきて,両者の関係についてきちんと整理できていないことに気が付いた。

また、人口の増減が経済に与える影響をどう考えるか、人口ボーナスに関して大泉とMasonらの考え方の違いが気になっていて、どう整合性をとるか悩んでいた。

そこで、本稿ではまず人口ボーナスを二つの論者について紹介する。次に、量的な側面と1人あたりの経済水準という側面から人口と経済の関係を整理する。そこからこの二つの議論をまとめていきたい。

人口ボーナス再論

Lee and Mason (2006)は「人口ボーナス」を定義している。彼らによると人口ボーナスとは、人口動態の変化、特に出生率と死亡率の低下、そしてそれに伴う年齢構成の変化が経済成長にもたらすプラスの影響のことである。 具体的には、2つの段階に分けられる。

第1のボーナス: 出生率の低下により、扶養される子どもの数が減少し、労働力人口の割合が増加する。これにより、経済発展と家族福祉への投資のための資源が解放され、一人当たりの所得の増加につながる。
第2のボーナス: 労働年齢人口が高齢化し、退職期間が長くなると、将来への備えとして貯蓄が増加する。これらの貯蓄が国内または海外に投資されることで、国民所得が増加する。

また、第1のボーナスは一時的なものであり、第2のボーナスは長期的な持続可能な発展につながる可能性があると指摘する。

もちろん、これらのボーナスは自動的に発生するものではなく、効果的な政策の実施が重要となる。とくに発展途上国は現在、人口転換期の途中にあり、人口ボーナスの恩恵を受ける可能性がある。しかし、その実現のためには、教育、雇用、年金制度、金融システムなど、適切な政策を導入する必要があることは論をまたない。

大泉(2018)はやや違う形で、人口ボーナスを定義している。第1の人口ボーナスは,労働人口比率の上昇とそれに伴う国民所得の増加である。第2の人口ボーナスは,労働人口比率の上昇と貯蓄率の上昇による資本蓄積の進展、となる。

大泉の論でいえば、人口オーナスはその逆であり、第1の人口オーナスは労働人口比率が低下し、国民所得の増加が減ることとなり、第2の人口オーナスは、労働人口比率の低下による貯蓄率の低下である。

二つの違いは、第2の人口ボーナスのとらえ方である。Lee and Masonは労働人口比率の低下、高齢者の増加が貯蓄を促すという見方であり、大泉は労働人口比率の低下は貯蓄率が減少するとしている。

以上、この二つの違いを考えるうえで、人口と経済の関係を見ていこう。

人口と経済の関係

量的な側面

①供給面

1.労働力供給:人口増加は労働力人口の増加につながり、生産力を拡大し,反対に人口減少は労働力人口を減少させ,供給能力を低下させる。

最近聞いた話では,インバウンド需要が増えたものの,国内ホテルの清掃スタッフの不足から部屋をフル稼働できず,一部の供給にとどまっており,それがホテルの価格を上昇させているということがあった。

2.資本供給:人口増加は、貯蓄の増加を通じて投資を促進し、資本ストックの拡大につながる可能性がある。貯蓄をする人々が増えるため、貯蓄が増加するのは間違いないであろう。しかし、高齢化が進むと貯蓄率が低下し、資本の供給が減少する可能性もある。

この二つに関しては,これまでも指摘してきた大泉の第1の人口ボーナス(労働供給),第2の人口ボーナス(資本増加)の話でもある。

3.技術革新:人口増加は、より多くの才能ある人材を生み出し、技術革新を促進する可能性がある。人口減少は,人材の量は減るものの,少子化による教育投資の増加から,人材の質的向上につながる。教育水準の高い人材は、生産性向上やイノベーションに貢献する可能性がある。

②需要面

1.消費需要:人口増加は,消費者の量的拡大につながり,国内市場を拡大させる。特に、若年層や中流層の増加は、消費需要の拡大に大きく貢献する。高齢化社会では、医療や介護サービスへの需要が高まる一方、消費性向が低い高齢者の増加は、他の財・サービスへの需要を抑制する可能性がある。

2.投資需要:人口増加は、将来の市場拡大への期待を高め、企業の投資意欲を高める可能性がある。しかし、人口減少は、市場の縮小や将来の不確実性から、投資意欲を減退させる可能性がある。

3.政府支出:人口増加は、インフラ整備や公共サービスの需要を高め、政府支出を増加させる可能性がある。高齢化社会では、医療費や年金などの社会保障費の増加が政府支出を圧迫する可能性があるものの政府支出は増加する。政府支出については、政府の政策的な側面が強いので、人口が増加しようが減少しようがどのみち増加する可能性がある。

③小括

人口,とくに量的な側面からは、労働力、資本、技術革新などを通じて経済の供給能力に影響を与えるとともに、消費、投資、政府支出などを通じて需要にも影響を与える。単純にいってしまえば,人口の量的拡大/縮小は経済活動の全体的な拡大/縮小をもたらす可能性があるということだ。

ただし,注意しなければならないのは,人口の量的拡大を受け入れる雇用環境,資源やエネルギーの賦存量,治安の安定など量的拡大がもたらす負の側面が政策的にコントロールされていることが暗黙の前提とされていることである。逆を言えば,人口の量的縮小も,社会保障制度の改革,イノベーションの進展,生産性向上という量的縮小がもたらす正の側面が政策的にコントロールできていないことが暗黙の前提になっている。

1人あたり経済水準

先ほどは経済全体,すなわちマクロ的な「量」に着目したものだ。一方で,人々の経済「水準」,つまり1人あたりの経済量でも考えてみなければならない。

①供給

1.1人当たりの資本は、労働力人口の増加により、1人当たりの資本ストックが減少する可能性がある。逆を言えば、労働力人口の減少により、1人当たりの資本ストックが増加する可能性がある。このあたりは、労働人口の増加率と資本ストックの増加率の相対的な関係によって決まる。

2.1人当たりの生産性は、労働力人口の増加により、低下する可能性がある。これは、資本が不足し、労働力を活用するすべがなかったり、資源に制約などがあると、この可能性がある。逆に、労働力人口の減少は、資本が相対的に豊富になるため、労働者がより多くの資本を利用できるようになり、1人当たりの生産性が増加する可能性がある。

とはいえ、1人あたりの生産性は、技術革新や人的資本の向上によってもたらされる部分が多い。少子化(将来的な人口減少)は少ない子供に多くの教育を提供することが可能なので、人的資本の向上につながる。

ただ、量的な側面も技術革新に影響を与える。人口が増加していると競争が激しくなるので、新たな技術の創造につながることが考えられるし、ある程度の大規模な教育水準の高い人たちが集まっている方が、新たな技術を生むことに有利となる。

いずれにせよ、1人あたりの生産性は、1人あたりの資本による部分とそれ以外の技術革新部分に分けられる。

②需要面

1.消費:1人当たりの消費は、労働力人口の増減というよりも所得の増減に比例すると考えられるので、量的な拡大/縮小がどのような影響を与えるかはなんとも言えない。それに加えて、所得格差や貧困が増加すると、1人あたり消費は増加せず減少する可能性もある。

2.投資:1人当たりの投資は、事業のチャンスがどれだけあるかといったビジネス環境、資金の制約(資金は潤沢に供給されるか)といった側面で決まるので、これもまた人口の量的な拡大/縮小が与える影響は見通せない。あえて言えば、人口が増加すれば市場が拡大する可能性があるので、投資機会は拡大する可能性があり、反対に人口減少は事業機会の縮小につながると考えられる。

3.政府支出:1人当たりの政府支出も、人口の量的拡大/縮小に対して中立的な影響しかないだろう。政府の支出は政府の政策による部分が多いからだ。ただ、人口増加は、インフラ整備や公共サービスの需要増加により、1人当たりの政府支出が増加する可能性がある。しかし、財政赤字の拡大や社会保障費の増加などが原因で、1人当たりの政府支出が減少する可能性もある。逆に、高齢化(将来的な人口減少)はインフラや公共サービスの需要が減少するものの、社会保障費の増加などが原因で、1人当たりの政府支出が増加する可能性もある。

③小括

需要面について、短期的な側面があるため、変動しやすい。長期的な経済成長という観点からいうと、人口動態という長期的な変化がもたらす一人当たりの影響はなんとも言えない。とりあえず経済への影響は中立的としてとらえておいて問題ない。

供給面は、まさに1人当たりの資本ストックに依存する。Masonらの議論にある第二の人口ボーナス「人口高齢化は資産形成をもたらす」のであれば、1人あたりの資本ストックの拡大につながる(中国に人口ボーナスはあったのか)。全体の人口が減少しつつも高齢化が進み、個人も国も資産形成に励むことによって、1人あたり資本ストックは上昇することになるかもしれない。結果、1人あたり生産の上昇、つまり長期的な経済成長は可能ということになる。

マルサスの罠と低均衡水準の罠

前世紀,国連などの国際機関は増え続ける人口増加に対して警鐘を鳴らしてきた。それは,人口増加は1人あたりの食糧を減らし,貧困に陥ると考えられたからだ。いわゆる「マルサスの罠」である。

「マルサスの罠」は人口増加率が食糧生産増加率よりも多いので、食料を食べつくす、つまり消費が多くて、次期の余剰がないことを指す。この状態は資本蓄積ができないことを意味する。

マルサスの罠を破ったのは、産業革命による技術革新、もっといえば資本による労働生産性の上昇である。蒸気機関などの資本ストックの拡大が、経済発展をもたらした。

人口増加率が資本ストックの増加率よりも高い場合、1人あたりの資本ストックは減少していくので貧困になる。これは開発経済学でいう「低均衡水準の罠」だ。

産業革命のみならず、制度改革によって資本ストックを増加させて経済は発展してきた。閉鎖的な経済を海外に開放して、海外から投資を呼び込む、金融制度の整備等で人々の貯蓄を資本蓄積に回す仕組みを整える、税制を効率化させて低コストで税金を集め政府役人が私腹を肥やさないで経済活動に投下する、社会保障制度を整えて人々から強制的に老後のための貯蓄を行わせて、その貯蓄を経済活動に投資する、など、さまざまな貯蓄から投資への流れが作れるようにしてきたのが、経済発展である。

このような技術革新と制度改革が多くの国を「低均衡水準の罠」から脱却させることに成功した。つまり人口増加率よりも資本ストックの増加率の方が高くなったのである。

おわりに

人口の量的拡大と量的縮小は、経済規模に対して供給面でも需要面でも影響を及ぼすことは間違いない。ただし、1人あたりの経済水準においては、需要面での影響は中立的であり、最終的には供給における1人あたりの資本ストック(および技術革新)に依存するといえそうだ。この場合、新古典派のモデルが適合するということになる。

今後の人口動態は、少子高齢化という構成面での変化と、人口減少という量的変化の二つを体験する。

量的変化のみに着目すれば、人口減少により資本ストックの総量は徐々に低下していくと予想される。つまり、人が減るのだから経済全体の総貯蓄額が減少する傾向は避けられない。この意味では、大泉のいう第二の人口オーナス(人口減少→貯蓄の低下)は総量としてはありうる。

1人あたりの経済水準に着目すると、生産年齢人口の個人個人は高齢化に備えて貯蓄を増やすことは考えられる。あるいは高齢化に備えて、国家が代わりに生産年齢人口から強制的に社会保障費用を集めることも考えられる。これは1人あたりの貯蓄を上昇させることにつながっている。つまり、Masonらのいう第二の人口ボーナスが長期にわたって存続する可能性があるということだ。ただし貯蓄の上昇も永遠に続くわけではないので、この第2の人口ボーナスも長期的には徐々に消えていく(中国の人口ボーナスーNTAから

以上で、大泉の議論とMasonらの人口ボーナスの定義の整理ができた。全体量でみれば大泉の議論があてはまり、1人あたりの経済水準でみれば、Masonらの考えがあてはまるといえるだろう。

参考文献

  1. Ronald Lee and Andrew Mason (2006) "What Is the Demographic Dividend?", Finance and Development, Vol.43, No.3.

  2. 大泉啓一郎 (2018)「第10章 老いていくアジアー人口ボーナスから人口オーナスへ」遠藤等編『現代アジア経済論』有斐閣



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