No.1422 何やら行(ゆ)かし?
選挙があるたびに、読み返す新聞のコラムがあります。2015年(平成27年)6月18日の「編集手帳」の記事です。
2001年(平成13年)7月から「編集手帳」を担当した竹内正明氏の筆になるコラムです。大好きなコラムニストです。しかし、2017年(平成29年)に体調不良により一線から引退されました。その2年前の記事です。
今年、10月27日投票の衆議院議員総選挙前の授業で、高校3年生に「投票の通知が来た人?」と訊いたら、3分の1ほどの生徒が遠慮気味に挙手しました。もちろん、投票に行くか行かぬかの質問などしませんでしたが、後日、この日の10代の投票率の記事を見つけました。
コラムニストの期待も空しく、2016年度の参議院議員選挙の次に低い10代の投票率となったという記事でした。10代の意見としては、
〇大人世代よりも絶対数が少ない10代の意見は取り上げられるはずがない。
〇自分一人が投票しても大勢に何の影響もない。
〇誰が選ばれても同じだから投票には行かない。
などの意見も聞かれるようですが、これは、10代に限った考えでもないし、今回だけの特徴的な傾向でもないと思われます。
選ぶ側の政治への関心や投票への意識が高まることと、選ばれる側の訴える力と魅力的な政策等々、互いが引き合う関係でありたいと望みます。
「やまぢきて なにやらゆかし すみれぐさ」
は『野ざらし紀行』中の松尾芭蕉の句(天和4年=1684年)だそうです。ひっそりと道端に咲く可憐なすみれ草に、ただひたすら理屈もなく無性に心がひかれるさまを詠んだものでしょうか。
「何やらゆかし」には、ほおっておけないほど気が惹かれる魅力を感じます。「ゆかし」は「行かし」と同義だと考えます。10代の心をとらえて投票をしに「行きたい」と考えさせるには、どうしたら良いのでしょう?被選挙人たちに10代の若者からの宿題が与えられているように思います。
※画像は、クリエイター「まるこめ。」さんの、「投票に行こう!と言っているような大学生です。詳しくはnoteで!」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。