20世紀最後の年となる2000年(平成12年)の学級通信「花自ら紅」に、「うちの父讃・母賛!」シリーズを載せたことがあります。
子供たちから見た父親・母親を赤裸々に綴るという恐ろしい企画で、「江戸の敵を長崎で討つ」という掟破りの荒業でした。保護者の反対デモも覚悟の上でしたが、予想に反して、子供たちは親御さんを敬愛していたことがよくわかりました。
発案したクラス担任として、子供たちに無責任な文章を書かせるわけにはいかないという良心の呵責があったのか、私も「うちの父讃・母賛!」を書いていました。
2000年は、私が47歳の時の中学時代の思い出です。改めて読み返していると、あの日の感情が再び鮮明に思い返されて来ます。
4月11日には、中学時代の同期生の古希の集いが別府で行われます。還暦の祝いの時には会えなかったY君との再会が叶うのではないかと、鶴よりも首を長くしています。
また、今年は亡き父の50回忌です。5月には供養が営まれる予定です。中学時代、柔道一直線だったいがぐり頭の少年は、今や、立派な薄毛の老人にヘンシンしました。
※画像は、クリエイター・みきたにし☆illustrationさんの、「背負い投げをする柔道選手。」の1葉をかたじけなくしました。お礼を申し上げます。