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No.1008 お国変われば?

「アリとキリギリス」と言えば、イソップ童話のお話です。紀元前6世紀ごろ、古代ギリシアの奴隷だったアイソーポス(イソップ)という人が、人々に語ったとされる寓話集なのですが、原題は「セミと、アリとのこと」だったそうです。
 
1593年(文禄2年)にイエズス会によって刊行された『天草本 伊曾保物語』(Esopono Fabvlas)の本文を見ても、そのことが知られます。次に掲げたのは、その原文ですがMS明朝体に変換したので原文の表記が少しかわったところがあります。
 
ローマ字(ポルトガル式ローマ字)ですので、読みは難しくありません。古語ですので意味不明の個所もあるかもしれませんが、ザーッと読んでみてください。「原文」と「読み」を各行ごとに掲げました。Xitagocoro(下心)とは、「教訓、戒め」の意味です。

ESOPONO FABVLAS.
465.
        Xemito, aritono coto.                  

  Aru fuyuno nacabani aridomo amata anayori go-
cocuuo daite fini saraxi, cajeni fucasuruuo xemiga
qite coreuo moro<ta: arino yu<ua: gofenua suguita
natcu, aqiua nanigotouo itonamaretazo? xemino     
yu<ua: natcuto, aqino aidaniua guinquiocuni torima
guirete, sucoximo fimauo yenandani yotte, nanitaru
itonamimo xenandatoyu<: ari guenigueni sonobun
gia: natcu aqi vtai asobareta gotoqu, imamo fiqio
cuuo tcucusarete yocaro<zutote, sanzanni azaqerisu-
coxino xocuuo toraxete modoita.
    Xitagocoro.
  Fitoua chicarano tcuqinu vchini, miraino tcutome
uo suru cotoga canyo> gia: sucoxino chicarato, fima
aru toqi, nagusami uo kototo xo< monoua canarazu
nochini vqeideua cano>mai.
『天草本 伊曾保物語』(桜楓社)P465~P466
 
   セミとアリとのこと。
 ある冬の半ばにアリどもあまた(数多)穴より五
穀をだ(出)いて日に曝し、風に吹かするをセミが
来てこれを貰うた、アリの言うは、「ごへん(御辺)は過ぎた
夏、秋は何事を営まれたぞ?」 セミの
言うは、「夏と、秋の間には ぎんきょく(吟曲)にとりま
ぎれて、少しも暇を得なんだによって、なにたる
営みもせなんだ」と言う、アリ「げにげにその分
ぢゃ、夏秋歌い遊ばれた如く、今もひきょ
く(秘曲)を尽くされてよかろうず」とて、散々に嘲りす
こ(少)しの食を取らせて戻いた。
     下心。
 人は力の尽きぬ内に、未来の務め
をすることが肝要ぢゃ、少しの力と、暇
ある時、慰みを事としょう者は必ず
のち(後)に難を受けいでは叶うまい。

この「セミ」が他国では「キリギリス」に替えられました。その理由は、セミの北限にありました。大塚 萌さん(千葉大学)の論文(抄出)には、次のようにあります。

 ヨーロッパにおけるセミの分布は、イギリスの1 種を除くと、ほとんどが南欧に集中しており、フランス南部に生息するものが北限であると考えられる。つまり、ヨーロッパ中部のドイツにおいては、セミはまったくなじみのない虫であると言える。ドイツよりおおむね南方に位置するフランスであっても、※野村(1999)によると、「まさにここでは蟬は実際の蟬でなく、せいぜいが「鳴く昆虫」という意味しかないであろう。パリの人間にとって蟬はその程度のイメージしか喚起しなかった。」とされている。さらに、パリに住む人々が実際のセミを見たことがなく、セミがどのような昆虫であるか語のレベルでもセミを認識できていなかったことが指摘されている。とにかく南欧を除くヨーロッパの人々にとってセミは、あまりなじみがない虫であるというのは確かなようである。

 日独比較文化から見る「なじみのないもの」の翻訳手法――日本マンガ『よつばと!』のドイツ語訳における「セミ」 大塚 萌(千葉大学 人文社会学研究 第32号)
※野村正人(1999)「蝉はどこへ行った:ラ・フォンテーヌ,イソップ寓話の形象化」、『東京農工大学 人間と社会』10、p.124、東京農工大学

つまり、セミの生態として、イギリスを除き、フランス南部以北にセミは見られにくく「鳴く昆虫」という認識であったことから、「セミとアリ」は誰もが知る「アリとキリギリス」にかえられたようなのです。

では、アイソーポス(イソップ)の国ギリシャに、本当にセミはいたのかと言うと、ヨーロッパにセミは少ないものの、ギリシャからイタリア、南仏を経てスペインにかけての地中海沿岸には何種類かのセミが分布しているそうです。ギリシャの古典の詩にも登場し、セミコインもありましたから、確かに存在しています。また、世界には3,000種ものセミがいるそうですが、イギリスは1種(チッチゼミ?)のみだそうです。やはり熱帯に多い昆虫のようです。
 
ちなみに、「セミとアリ」だったものが、ロシアでは「トンボとアリ」となっているそうで、やはりセミがいないからだそうです。お国変われば品変わるということでしょうか?


※画像は、クリエイター・おいもぱーてぃさんの、タイトル「アリさんみたいなキャリアウーマンになりたぁぁい」をかたじけなくしました。「アリとキリギリスになぞらえました。」の解説がありました。お礼申し上げます。