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私は何者か、389





週末の暮らしが快適で、わたしは少しは若やいでいる。そもそもが、自分の年齢に気づいていない日々であるが、未だに自分より若いであろう人を、年上の人と思ってしまうのである。いつのまにか、時がわたしを通り越してしまったのか。それとも、変わらず足踏みを続けることこそが原因なのか。それよりも、自分に気づいていないのかもしれない。空気ではなく風であり、水ではなく流れであるように。そも、すべては還りゆくもの。足して、引いて、無である。永遠の、わかりたくもなく、かと言って、わかりきっている、やがて、無いことを知る。その知る我は、未だここに在る。


わかってもわからなくてもどちらでも良い。

それより、ここに在ることの不思議を思う方が楽しいし、よほど良いに決まっている。

楽しいとは、メリーゴーラウンドのブザーが鳴るまでの猶予。

誰もが知っている。限りあることを。


足の不調。

だいぶ良くなった。

良くなったからと言って、特に、長くも細くも、また、速く走れるようになるわけではない。もとに戻るだけ。それでいい。いや、それこそが、求めるもの。

ひとである。


そして、


いろんな、表情を後ろへうしろへと、捨てながら、ゆく。


わたしは何者か。






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