万象森羅シェアワールド〜狸人族タルト編〜第一章:養子、全滅
第一章:養子 七節:全滅
曼珠商会は連絡員を多数雇っている。商会における情報部とは、一刻を争う事態に備えるための、言わば最低限の機関である。全国各地に向けて移動する必要があるため、特に急を要する時は飛行船を使用することもある。通常は地形に対応した騎獣が使われる。
首都からやって来た連絡員によると、自然災害により奇妙な色の岩が露出している山があり、資源として利用できないか調査して欲しいと、曼珠商会本部に依頼があったそうだ。
「こちらがその岩の破片です。お嬢様のご見解を聞かせてください。」
連絡員は拳大の石をシジカに渡し、コップに水を注いでその場にへたり込んだ。
「これは、魔石か。いやそれにしては、色が違いすぎるようじゃが。」
シジカが石を眺めていると、何かを嗅ぎつけてきたかのようにタルトが部屋に入ってきた。
「お嬢様、それは何なのですか。」
タルトはシジカが持つ石をまじまじと見つめ、興味深そうに首を左右に揺らしながら石の観察を続けた。
「われにも分かり兼ねるのでな。よい、このことは調査団を編成の後、速やかに現場へ向かうと姉上にお伝えせよ。」
シジカはソファーから立ち上がり、連絡員はすぐさま首都へと向かった。
鉱床の調査団編成。タルトは真っ先に名乗りを上げ、即日現地へ向けて20人が旅立った。
調査団の移動は、大量の物資も運ぶことから獣車で行われる。途中、列車での移動と商会の支部を経由し、それでも調査地点到着まで1週間を要した。
タルトは初めての移動手段に戸惑いはあったが、地の国が持つ文明の力に、驚き以上の感動を味わっていた。地の国南部。ここより東に進めば暗闇市場がある。調査団はテントを張り、調査中は野営である。
シジカは調査依頼書とともに預かった地図で、調査地点を正確に示し、タルトと数人の鉱夫を引き連れ現場へと足を運んだ。
「お嬢様、これですら。確かに見たこともねぇ色した岩ですら。」
鉱夫のひとりが岩を割り、シジカの持つ石と比較し同じものだと断定した。
「うーん、これは少し時間がかかりそうじゃの。鍛冶師にも見せるゆえ、一抱えほど集めておくれ。」
シジカはそう言うと、野営地に戻り鍛冶師に火入れの準備を指示した。タルトは鉱夫とともに調査地を見て歩き、同じ鉱物がどれほど眠っているかを調べていた。
通常の金属を含む鉱石は、鍛冶師の目によって用途が示される。シジカは一目で鉱石が何を含んでいるか分かるが、今回ばかりは分からなかった。未知の鉱石。タルトでなくとも期待せずにはいられなかった。
鉱夫とともに鉱石を持ち帰ってきたタルト。鍛冶師に鉱石を渡し、シジカの待つテントに行った。
「お嬢様、ただいま戻りました。鉱石は鍛冶師に渡し、そろそろ鉱物が特定できるかと思います。」
「ご苦労であった。そうじゃ、タルトはこの鉱山にどれだけの価値があると思うかえ。」
「はい。ざっと調べて回りましたが、かなりの量の鉱石が眠っているように思います。あとは金属なのか宝石の類なのか。こればかりは私に判定できません。」
そう話しているうちに、鍛冶師が二人のところへ叫びながら走ってきた。
「お嬢様、これは大変な発見になりそうです。まず、野営での簡易炉で溶解するのは無理そうです。部分的な溶解が見られるため、魔石炉であれば溶解、インゴット精製が可能だと思われます。同様の加工が必要な金属はアダマンです。」
ガタッ
鍛冶師の報告を受けたシジカは、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がった。
「タルト、われは急ぎ首都へ戻り、ことを総統府に報告する。国から採掘団を借りた後に戻るゆえ、その間の指揮はそなたに託す。存分に鉱山を調べ尽くすのじゃ。ひと月以内には戻る。」
シジカはタルトにそう告げ、騎獣に跨りわずかな供を連れ首都へと向かった。
「なあ、タルトの坊ちゃんよ。お前さん、ちいとは休まねえかい。」
シジカが首都へ向かってから1週間が経つ。毎日来る日も来る日も、タルトは休むことなく調査を続け、頭や背中、腕や膝といったあちこちに擦り傷ができていた。タルトの直感的創造力は、この金属がどんな物であれ、国の発展に役立つ、そう思わざるを得なかった。
タルトの資格「創造具現」は、傍から見ると魔法のように感じることがある。まるでタルトの思いつきが、本来の理を超えて現実になっているかのように。しかし、それは未だこの世界で解明されていない謎の部分に、タルトの直感が結びつくことで、事実へと表面化する、という方が正しい。科学者などにとってはチート能力と思われても仕方の無いことではあるが、稀有な資格とは、えてしてそういうものであった。
タルトは現段階において、すでに希少な鉱物であると確信。加えて、大規模な鉱床が辺り一体に連なっていると予想できる。商業的に十二分に利益が見込まれるということも申し添えて、商会本部へ報告書を送った。
タルトは調査中に作った穴蔵で仮眠をとっていた。夢を見ていた。アダマン級の鉱物に囲まれて、時折滴る水滴が、タルトの鼻を濡らした。
目を覚ましたタルト。穴蔵から外に出て欠伸をしていると、野営地の方から大勢の叫び声が聞こえた。
「何が起きたのだろう。」
そう呟くと、タルトは全速力で野営地へと向かった。
「坊ちゃん。逃げてくだせえ。もうダメでさ。」
「何が、どうしたの。」
焦る鉱夫たち。荷物をまとめる鍛冶師。その他の団員も口々に逃げろと叫びながら、野営地はさながら戦争のさなかにある様であった。
「竜巻です。それもそんじょそこらの竜巻じゃねえ。山よりでかい魔物のような大災害級の。」
鉱夫はそう言い終わると、仲間を集め掘り掛けの穴へと、団員を誘導すべく走り去った。タルトは野営地の遥か向こう。鉱山と反対側に顔を向けると、そこには確かに見たこともない大きさの竜巻が出現していた。
「まずい。」
タルトは直感で、竜巻が野営地に迫ってきていると分かり、自分のテントに置いてある調査資料を全て、衣服の中に押し込み、さらに入り切らないものはシーツを何重にも固めて鉱山へと向かった。
穴蔵へ避難した団員はタルトを含めて15名。狭く暗い坑道ではあるが、全員をギリギリ収容できるほどの広さはあった。みな静かに聞き耳を立てるようにして、竜巻の接近に気を配っている。タルトは団員が持ち寄った物資の点検を行い、深く息を吸いゆっくりと息を吐き出した。
穴蔵の外は徐々に風が吹き始め、砂埃が入り込み、息をすることも難しくなっていた。タルトは持ってきたシーツを切り裂き、団員に鼻と口を覆うようにと言って布切れを渡した。
あれから何時間経ったのだろうか。いや、それほど経っていないのかもしれない。穴蔵の入口は大量の砂が飛び交い、外を窺う事はできなくなっていた。誰かが言った。
「もう、ダメかもしんねえな。」
通常の竜巻であれば、穴蔵でやり過ごすことができただろう。しかし、大災害級ともなればどうなるか、予想することは困難である。すると穴蔵の前を轟音とともに、家ほどの大きさの岩が転げて行ったのをみなが見てしまった。直後、地震が起きたように鉱山全体が揺れ始めた。
岩が飛ぶ、穴蔵に避難しているはずが、竜巻により引き摺り出され、ひとりまたひとりと目の前からいなくなっていく。タルトは為す術なく、全員が手を取り離れないようにさせることが精一杯だった。
「があー、助けてくれ。」
「坊ちゃん、ご無事で。」
「ダメだ、諦めないで、みんな。」
みな口々に叫び、竜巻に飲み込まれまいとしながらも、しかし仲間を巻き添えにすまいと繋いでいた手を振り解き、やがて、全員がその場から消え、いなくなっていた。
シジカは2週間で首都に戻っていた。姉への報告をすませ、その足で総督府に向かい、調査結果を役人に説明した。
地の国の首領の元には、この国のあらゆる情報が集まる。だが、首領というものは国をまとめるための象徴でありはするものの、実務においてはそれぞれ長けたものが担うというのが実情である。
シジカは調査地における今後の指揮を、大富豪宝石亀へ譲るようにと勅命を受けた。
「宝石亀様、ご説明した通り、この鉱床は未だ知られていない鉱物の可能性がたこうございます。速やかに今後の計画を...。」
シジカは宝石亀へ採掘団の編成を提案し、タルトの待つ調査地へと戻りたかった。
「まあ待て。既に団編成の指示は出しておる。調査依頼時に持ち込まれたサンプルの詳細鑑定が出てから、希少な鉱床であるとの予想はできておった。必要な物資の決定をする上、そうじゃ、先に戻って鉱床の規模などを再度調査してみよ。」
「承知しました。では、供の者を残していきますゆえ、私は先に。」
シジカはそう言うと一礼し、一時商会へと戻った。
「姉上、われはもう一度追跡調査のため、調査地へ戻るのじゃ。」
「まあ、資源は逃げませんわ。それよりもほら、今しがたタルトから報告書が届きましたわ。これによると。」
「ううむ。さすがはタルトじゃ。すでに必要な調査は終えているとは。これであれば、そう急がずとも良さそうじゃ。」
「ですが、調査地は南部なのでしょう。あの一体は自然災害が多いと聞きますわ。今回の鉱床の露出も、自然のイタズラのような気がしますの。タルトが無事だといいのだけれども。」
アザミの懸念は当たっている。まさにこの時、野営地は跡形もなく消え去り、調査団は全滅していたのであった。
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