万象森羅シェアワールド〜狸人族タルト編〜第一章:養子、発明家

第一章:養子 九節:発明家
「タルトの意識は戻りましたか?」
 シジカは首都に戻っていた。調査地から戻り、アザミに調査団が全滅したことを告げ、タルトの所在も掴めないまま気が収まらない毎日。そこへ宝石亀の帰宅と、タルトの生還を知らされ、急ぎ宝石亀邸を訪ねて来ていた。

「あと少し救護が遅れていたら、この子は助からずにいただろうが、四肢の骨が折れている他はなんとかなったようじゃ。」
 宝石亀はシジカにそう話すと、書斎にこもり、タルトが「身につけていた資料」に目を通していた。所々血に染った資料を机に広げ、鉱床の扱いに悩んでいるのかと、シジカはそれ以上何も聞かず、商会へと帰っていった。

 アザミも気丈に振舞ってはいたが、やはりタルトのことが大切で、部屋の窓辺に立ち、妹の帰りを待っていた。
「タルトの容態はどうでしたか?」
「命は助かった、と言えば安心できるやも。ただ、意識が戻らぬ状態で、まだ油断はできぬというところか。」
「今は、生きていることに感謝するしかありませんわね。タルトが守ってくれた資料、あれは返していただけませんでしたの?」
「亀爺が大事に抱えていたところを見ると、それも難しいようじゃな。」
「そう。今は待つしかありませんわね。」
 二人の会話はタルトを思いつつ、しかし思うほど不安が募る状態が続き、次第に調査の話で気を紛らわせるしかなくなっていた。

 全ての資料を読み終えた宝石亀は、客室で眠るタルトの横に腰掛け、じっとタルトの寝顔を眺めていた。
「必ず、必ず生かしてやるぞ。」
 そうつぶやき、宝石亀は総統府へと向かった。僅かな望みを抱いて。

 地の国は国土の大半が荒野である。土壌は化学物質によって汚染され、資源開発で掘り返され、食料となる何ものも育たない環境。かつては交易のあった他国への侵略は、食料不足に喘ぐ国民の期待の結果であった。今はただ、機械文明の発達こそ国力の増強につながっているが、その元となる資源の枯渇が不安視され、地の国の未来は見通しが立たずにいた。
 そんな時に発見された鉱物は、採掘が非常に困難であるが、地の国に希望を与えうるものと断定された。未知の鉱物。端的に言えば溶け合うことなく混ざりあった鉱物の集合体である。金属と魔石の両方を含み、現状では魔法の触媒・増幅回路のパーツとして利用できると分かった。

 宝石亀は総統府の地下にある宝物庫に来ていた。他の種族と違い、寿命10万年と言われている彼の生涯。過去の交易で宝石亀が手に入れた物の標本が、宝物庫に納められていた。白く軽い粉末の入った瓶を棚から取り出し、宝物庫を出た宝石亀は、次にノームの研究室に入っていった。

「これ、起きとるか。至急の用で頼みたいことがあるんじゃが。」
 年齢を感じさせない大きな声が、奥の部屋まで響いた。
「もー、うるっさいなー。おじいちゃんじゃないし、そんな叫ばなくても聞こえるよ。」
 奥から不機嫌そうに出てきたノームの少女。地の国の発明家が寝ぼけ眼で立っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?