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【第2回/全3回】奇跡の北京代表入り決定は、なんと…パラリンピック開催3週間前。

丸安毛糸株式会社では、アルペンスキーヤー 青木大和選手のスポンサーとして、2026年冬季パラリンピック出場に向けた活動に協賛しています。青木選手と丸安毛糸の岡崎 淳(素材部プロモーションDiv.リーダー)は中学からの同級生で高校は同じ部活。かれこれ16年の付き合いになり、そんな身近な友人である青木選手のチャレンジを応援したいという想いで、今回の対談を企画しました。青木選手がパラリンピックを目指した経緯、パラスキーヤーと起業家としての日々、未来の夢に向けた想いなどを語っていただきました。
<今回の対談は、青木選手と淳が主役です!>

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岡崎:
日本で冬季オリンピックといえば、スキージャンプやスピードスケート、フィギュアスケートの人気が高いですが、ヨーロッパではアルペンスキーは、サッカー、ロードレースと並ぶ三大スポーツとして人気が高く、多くの競技者がいます。パラアルペンスキーはどういう競技なのでしょうか?

青木:
アルペンスキーは「雪上のF1」とも言われ、スキー競技の中で最もスピード感があり、スリリングな花形競技の一つです。雪山の上に赤と青のポールが交互に立っていて、それを交互に通過しながらゴールを目指しタイムを競います。最高時速140~150キロのスピードが出ることも。それはオリンピックとパラリンピックのアルペンスキーどちらも変わりません。
 
パラアルペンスキーの大きな特徴は、障がいごとに立位(スタンディング)、座位(シッティング)、視覚障がい(ビジュアリーインペアード)の3つのカテゴリーごとに分かれていることですね。3つのカテゴリーは、さらに障がいの種類や程度、運動機能などによってクラス分けされ、実走タイムにクラスごとに設定された係数を掛けた計算タイムで順位が決まります。ちなみに私は、立位(スタンディング)で出場しています。

岡崎:
アルペンスキーの会場は、モコモコの雪がある圧雪されているイメージをされますが、じつはアイスバーン(凍った路面)の斜面を滑っているんですよね。そして、日本のスキー場の傾斜は16度くらいから「上級者コース」になりますが、アルペンスキーヤー達は40度を超える急勾配の斜面を滑っているんです。

青木:
そうなんです。ポールは硬いですし、体に当たると痛い。転倒すれば脳しんとうを起こすこともあります。だから、ナショナルチームのメンバーでも、3割は怪我をして離脱していく競技。選手にとっては過酷ですが、観客にとってはエキサイティングな種目とアルペンスキー人気が高いのです。

ヘルメットの傷が
競技の激しさを物語ります

岡崎:
青木は2022年 北京冬季パラリンピックの日本代表に選ばれましたが、それはどのように選ばれたのでしょうか?

青木:
じつは、もともとは2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季パラリンピック出場を狙っていて、周りからも「北京はもう無理ですよ」って言われていて、自分でもあまり期待していなかったんです。それが最後の最後、北京パラリンピックの日本代表を選ぶ大会で成績が伸びて、代表選考の基準をなんと…クリア。日本代表の最後の発表で、私の名前が呼ばれました。大会の3週間前、出国日から逆算すると2週間前のことです。

無理だと思っていた
北京パラリンピック日本代表出場

岡崎:
狙っても出来ないようなドラマチックな展開!
北京パラリンピックを振り返ると、どのように感じますか? 

青木:
出場できて嬉しかった反面、世界のトップとの差を感じた大会でした。とても悔しかった。私の滑る直前、目の前でその大会の金メダリストが滑っているんです。選手とコーチやトレーナーの様子を間近で見て、4年後こうありたいと思いましたし、そのイメージが明確にできたことが1番の収穫でした。2026年のミラノ・コルティナダンペッツォ冬季パラリンピックでは表彰台に立つことが目標です。 

岡崎:
私は試合をテレビ越しに応援していましたが、青木の緊張が手に取るように伝わってきました。驚いたことに、滑る10分ぐらい前に私へ連絡をくれたんですよね。 

青木:
もう緊張しすぎて、誰かと連絡してないと気が紛れなくって(笑)

次の大会でも電話が鳴るかもしれませんね(笑)


(​​第3回につづく(全3回))

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