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不確定日記(おせちの顛末)

 おせちを作りはじめて4年目。レシピノートにあるのはお煮しめ、昆布巻き、チャーシュー、田作り、黒豆、伊達巻。普段のおかずとしても作るなますと金柑ピクルスは当てずっぽうでも作ることができる。毎年同じものだけを作るのもつまらないので、今年は錦玉子と、タコとトマトを出汁に漬けたものを作ることにした。
 年に一度しか作らないので、おせちの上達は必然的に遅い。それでも、ノートの手順や調味料を少しずつ更新して、去年のことを思い出すので、確実に少しずつ上手くなっている実感があるので嬉しい。とくに煮染めは、今年ようやく金時人参が煮崩れないタイミングを会得し、別で煮たかぼちゃと里芋もおいしかった。しかし、いつも使うきび砂糖の代わりに甜菜糖というのを買って使ってみたら、思ったよりもだいぶ甘味が少なく、黒豆と伊達巻きはあっさりし過ぎてしまった。錦卵は、思ったよりも簡単に想像したような味になった。
 秋頃から、適当な汁に餅を入れて食べるのが楽しくなり、雑煮(的なもの)を日常的に食べているので大晦日にも食べたが、せっかくなのでイクラをたくさん乗せたらなんだか気恥ずかしい。
 年越しそばは乾麺を茹でて昆布巻きを作る時に出た昆布と干瓢とニシンの切れ端を佃煮にしたものを乗せて食べた。

 元旦にはおせち一式を曲げわっぱの重箱に詰めて母の家に持ってゆき、兄夫婦と四人で食べる。兄が父の仏壇に低糖質ビールを供えたので、「死んでまで?」って言ってるよ、と冗談をいう。いつも私と兄だけお酒を飲むが、今年はまだ胃腸の調子が戻っていない気がして、ビールを少しだけにした。母は父の洋服を捨てられないらしく、次々出してきては兄に着せ、いくつかをやんわり断られると残念そうだが、自分が着れば?というとまったく意味がわからないという顔をする。兄はデニムのジャケットを、私は偽ヴァレンチノのタグがついたカシミアのセーターをもらった。母は緑色のスニーカーが欲しいのだ、という話をしている。濃い色のズボンに合うと思う、ロゴやマークが白いとピカピカして嫌だから、そうでないのを探している、という。歯の具合で餅が食べづらいという母から餅の残りを貰って帰る。帰り道、兄の妻のKさんが、ウキウキと、明日街に緑のスニーカーを探しに行こうかな、というので、あのメーカーはどうかな、などと話すが、母が人の勧めるものを大人しく履くような気はしなかった。

 二日は去年と同じくOさんとTちゃんがおせちを食べに来た。二人が来る少し前に盛り付けてテーブルに並べておいたら、時間差で来た二人がそれぞれちゃんと褒めてくれて得意になった。年末に実家に帰った二人と、なんとなく家族の話をするのも恒例になってきた。郷里から直接来たOさんのかばんは大きく膨らんでいて、去年ももらったOさんの実家のご近所さんの干し柿とお餅が出てきたのでTちゃんと喜んだ。あっさりしてしまった伊達巻きと黒豆は、母の家でも友人たちにも「買ったら食べられない味だね」と言われたので、それはそれでまあいい、ということにした。

 三日は、TSさんの家に招かれて、お煮しめと、なんだか増えてしまった餅を少し揚げて持って行く。途中で濁り酒の五号瓶も買った。だんだん人が集まり穏やかな新年会だった。TSさんちには猫が三匹いるが、年末に点検業者が来たら知らない人に驚いてしまったらしく、ソファーの下に潜って、私たちが帰るまで出てこなかったが「下に猫がいるソファー」はいいな、と思ってたまに眺めた。

 そろそろ作ってから日が経って、おせちの残りを人に出すのも憚られる気がしたので、昆布巻きやら田作りをごはんに乗せて、ワサビを乗せてほうじ茶をまわしかけ、食べ始める。ほんとうはこの食べ方が一番おいしいのではないか、とも思う。
 甜菜糖が甘くなかったのがやはりどこかで気になっていたらしく、スーパーで当面必要ないのに上白糖ときび砂糖を両方買ってしまった。

 五日は年末に知り合った年下の友人Mさんが酒を飲みに来た。おせちはまだ冷蔵庫にあったが、私自身が飽きたのもあり、春雨サラダ、カブのグリル、干し柿クリームチーズ、ブリカマの焼いたのなど。Mさんが「これやってみたいけどホタルイカがなくて、普通のスルメ買ってきました」と言ってホタルイカの干物を日本酒に浮かべている漫画のコマを見せるので、去年Tちゃんに貰ってちびちび食べていた富山土産のホタルイカの干物を出してきたら驚かれた。酒の残りをしまうために冷蔵庫を開けたMさんは「生きている人の冷蔵庫だ」と言ったので、まだよく知らない彼女の生活を思った。

 正月は毎年少し落ち込む。辛いことがあるわけでもない。友人たちにも会えて嬉しかった。今年は去年よりは上手くやり過ごしたな、とも思ったが、風邪を引きずっているのか、体の重さがあり、六日あたりでぐったりしてしまった。おせちは作るのに、正月には毎年負けている。
 ちびちび食べ続け、面倒で大きな容器に少し残していたようなものを始末し、年末からのぎゅうぎゅうの冷蔵庫はだんだんすっきりし、日常に戻ることで気分もスッとしてきたが、黒豆だけがずっと冷蔵庫にあり、開け閉めのたびに、早くしないと駄目にしてしまう、と思いながら、黒い液体で満たされたフリーザーバッグを見ていた。もう仕事もだいぶはじめ、玄関に飾った南天も萎れた11日、黒豆をたくさん入れたコーンブレッドを作った。生地を甘めにしてちょうどよかった。「松の内」は昔は十五日までだったと聞いた気がするが、ようやくおせちに決着をつけられたようで嬉しかった。黄色い生地に散った黒豆の断面は白く、かわいい。

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オカヤイヅミ
私の食生活が充実します