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不確定日記(布団時空)

眠れない。布団にスマホを持ち込むから。それ以外の努力(腹式呼吸、湯船に浸かる、ストレッチなど)は極力しているつもりだがてんでダメだ。さらに寝具に精油入りのスプレーをかけてみて忘れていた、のを思い出したのは、頭まで布団をかぶって目をつぶってみた時だ。
針葉樹のにおいがする。杉か檜か。そこで引き出されたのは慣れない寝床の思い出で、しかしにおいだけではどの寝床のことだったかが絞れない。記憶が四つほどごっちゃになったまま引き出されてしまった。父方の田舎、知り合いの山荘、音楽教室の合宿、林間学校。
子供の頃から布団を被るのが癖で、寝床の記憶は視界が悪いので手掛かりが少ない。針葉樹がベッドの素材ならば、布団だった田舎と林間学校は除外だろうか。しかし床の間や天井の材料という線もある。慣れない寝床のシーツはすべて客用にパリッとしていた。今寝ている自前の寝床は冷え性対策の柔らかいシーツでモケモケなのに、ひんやりした緊張感が蘇る。
私は子供の頃は特に緊張感が強く偏屈だったので、知らない場所の日常に無言でただ乗りして何食わぬ顔で居ようとしたが技術が足りずに日中は黙って静かに漏らすとか吐くとか泣いていないと言い張り続けるなどの対応しづらい惨事を引き起こしがちだった。
なのに私は知らない場所の冷えたシーツと布団に一人で挟まるのが、どうも今に至るまで嫌いではない。カメラがぐんと上空まで引いて、普段の布団の位置を示す点と慣れない寝具の点が細い線で繋がれ、遠さがくっきりと見える妄想。どこにいても夜は横になる自分のシルエット。ひどく孤独で少し興奮する。あの場所にもう一度行きたいとすら思う。具体的な四箇所ではなくて、慣れない寝床で足が温まるまでの一瞬に。起きてから漏らすのも吐くのも嫌だけど。
そういえば、布団に吹き付けたのは杉でも檜でもなくローズマリーの精油入りスプレーだ。あれも針葉樹なのだろうか。まあ葉は細長い(これ以上スマホの画面を見たくないので検索はしない)。

まだ眠れない。

そんな奇特な