見出し画像

不確定日記(水蒸気と輪郭)

役所に用事があったので何日かぶりに外に出た。派手なマスクを中心に考えたら洋服は全部黒くなった。興が乗って、軽く化粧をする。下地と粉と眉毛とクリアマスカラ。大したことはしていないのにいきなり顔が外向きになって驚く。昔、しばらく自宅だけで仕事をしていたら「オカヤさん外で仕事したほうがいいよ、顔がぼやけてる」と言われたことを思い出す。一年、十年、人と合わないと私はどんな顔になるのだろう。たまにハッとして表情筋をぎゅうっと動かしてみる。
外は雨で、恐れたほどは寒くなかったが、マスクで温まった息で眼鏡が曇る。視界は悪い。外気に当たっているのに車内のようだ。雨の日のバスの窓を思いながらコンビニでポケットティッシュを買って眼鏡を拭く。派手なマスクで眼鏡が曇っている、まるで覆面の装いで役所の窓口に行くのは気が引けた。
本庁は遠いし混んでいそうだったので、初めて行った出張所はきれいでこじんまりとしていた。フロアにいる10人ほどが全員、受付番号を呼ばれるのを待ち、カウンターの方角を意識しつつお互いの距離を取っているのでスポーツのようでもある。私の用事はすぐに済んで、その間合いから抜けるのはドッヂボールで当てられて外野に行くみたいだった。
地図アプリで行ったことのないスーパーを見つけたので寄って帰る。いつも行く所より品物が充実していて安い。しかし、賑わっているので、さっきよりさらに高度な間合い取りの身のこなしが必要で、誰もいない乾物コーナーで少し休んだ。小さめの竹の子と、巨大な柑橘、手羽先など買う。
帰りは川沿いのルートを通る。ボリュームのある花と葉をつけた八重桜が浅いコンクリートの川底に向かってかしいでいる。眼鏡にも水滴がついているので、濡れたピンクと緑の塊は余計に重そうに見えた。浮世離れしているソメイヨシノから、重力を感じる八重桜の季節になった。道明寺が食べたくなるが和菓子屋はルートにないのでそのまま帰宅する。
部屋で上着を脱ぎマスクを外すと湯気がむわっと抜けてゆく。眼鏡は、右側の半分だけがしばらく曇り続けていた。
竹の子を茹でたら吹きこぼれて、ぬか入りの湯がモクモクと吹き上がった。
せっかく化粧してるから、と口紅を塗ってみたが輪郭の取り方を忘れていてまだらにぼけ、人を喰ったようになった。そのまま手羽先を揚げて食べた。

そんな奇特な