文通・2 再びつながること-4
自分の話が難しい
大学で会った友達は、自分の人生で特別だと今も言える。
とはいえ、それは、今も太くつながっていることを意味していない。
二十年以上、年賀状だけのやりとりを続けていたが、数年前に受け取った一枚の喪中はがきから、ぽつりぽつりの手紙のやりとりが復活した。
前回↓
わたしと母のこと。
わたしと母の間に、仲良し母娘とは言い難い空気があったことは、何度か、note内で匂わせている。
しかし、はっきりしたことを書くのには、迷いがあった。
そこで、ムーミンである。
あのフィンランドのトーベヤンソン作、自由と孤独のバイブル、ムーミンシリーズである。
学生の頃に友達の影響で初めて読んだのだが、これは大人の読み物だと思った。(児童文学は、そう思わせるものも多いが)。
そして、読みながら手を止め、天を仰ぎ、本を胸に抱く状況に何度も陥った。
世に知られたムーミン名言は多いが、言葉に関して述べた共感100%の内容が忘れられない。
のだが…内容は忘れられないんですが、言葉は正確に思い出せず…、ネットに数多あるムーミン名言サイトからも探すことができず、今、引用ができない…。
だから、以下、わたしの記憶頼りと解釈混じりの内容である(なんだかな)。ご了承あれ。
なにが言いたいかというと、母との関係について思う時、まだ、自分の「言葉」だけを思い出すようにしたくないのだ。
完成形(完了形)にできないのだ。
それがいいことか、わからない。デメリットもあるだろう。
ただ、今はそうしたいから、そうしている。
とはいえ、今頃になってやっと他人に言葉に出来た母への思いもある。
それを今回、Kちゃんへの手紙にも綴った。
わたしは、小学校高学年くらいから、母を、わたしの味方とは思えなくなっていた。
これは、認めるのが怖いことでもあった。
今でこそ、母娘の間の溝について、多くのところでテーマになっているが、当時、母娘は、仲が良くて、お母さん大好き、みたいなイメージが定番だった。
しかしながら、母が、ひどい母親だったかというと、それも違う。かも。(この迷い…汗)
母親はどうあるべきか定義にもなるので、難しい。
この何年かで、わたしたちの関係について母と話す機会があった。(前向きな感じとは違うんですが)。
それで何かが解消されたわけではないが、母には母の理由というか状況があったのもわかった。
タイミングも、性格も、状況もいろいろわたしと噛み合わないのだと思うことにした。
知り合い程度なら、そっと離れるところだが、それができない。
でも、家族だって別の人間だ。仲が良くなくてもいい。思うところがあってもいい。
そう思いながら家族をしている人は多いのだと、今ならわかる。
だから、今、娘には、わたしのことを一人の人間として、「まずまず悪くない」と思ってほしいと、ささやかに願っている。
というようなことを、Kちゃんへの手紙にしたためたのであ~る。
あと、一回、続く↓。
小学生時代の母とのエピソード↓
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