杉原賢さんに教わった、人を巻き込むための覚悟の示し方
お金の学校『toi』は、参加者の「お金」にまつわる悩みや夢を、校長・井上拓美&MC・くいしんと様々なゲストを交えて本気で考えることで、それぞれに必要な"問い"を一緒に探していく学校です。このnoteでは、メンバーの一員でもあるライターが講義を聞き、感じたこと、気づきや学びについて記録していきます。
●ライター:乾隼人
1993年生まれの編集者・ライター。ローカルを軸にした編集チーム『Huuuu』に所属し、外食文化、1次産業、移住などを中心に取材。趣味で酒場のメニューを収集している。
●ゲスト講師:杉原賢
ライフスタイルブランド 『SWITCH DE SWITCH』ブランドディレクター。 パートナーとの関係性を限定しない"ふたり指輪”をコンセプトとした指輪『CONNECT』を中心に、各種プロダクトの企画、制作を行っている。
今回登場してくれたのは、「ふたり指輪」というコンセプトのブランドを運営する、ジュエリーデザイナーの杉原賢さん。
専門学校からジュエリーデザイナーのキャリアをスタートさせた彼は、20代前半で「お金を持っている人の承認欲求を満たすもの」としてのジュエリーに疑問を抱く。それと同時に、ファッションとは関係なく身に着ける「結婚指輪」というジュエリーに、社会とつながる可能性を感じた。
「より社会性のあるジュエリーがつくりたい」という思いを抱いた杉原さんは、自身のブランド『SWITCH DE SWITCH』を立ち上げた。
講義で彼が語ってくれたのは、ブランドを立ち上げ、自らの理想に近づいていく中で経験した「人を巻き込むこと」について。
誰かをプロジェクトに誘う時、どうすれば人は、納得感を持って仲間になってくれるのか。彼が考え出した答えは、「仲間になる相手に、自分がプロジェクトにかける覚悟を見せる」というものだった。
彼は数百万円と9ヶ月をかけて一人でブランドを作り上げた。その後、「これをゼロにしてもいいから、一緒に作っていきたい」と、惚れ込んだ仲間たちを口説いたという。
この行動は一見、遠回りにも見えるかもしれない。だが、「自分一人でもここまではできる。だが、あなたたちとこの先を作りたい」と示すその行為には、どんな言葉や理屈よりも大きな説得力が宿る。
日常生活において、大小あれど「人に頼ること」はあるだろう。そんな時、自分は正しく相手に「頼る」ことができているのか。頼る資格が自分にはあるのか。そんな風に自身を問い直すための基準を、この話は伝えてくれるはずだ。
違和感に蓋をしなければ、「井の中の蛙」だと気づく
講義の日まで、筆者は「ジュエリーデザイナー」という職業の人と話したことがなかった。
勝手な想像がふくらむ前に、語り出した杉原さんの声と言葉から、彼自身の優しい人柄が伝わる。ゆっくりとした口調で、彼は自らの背景を語り出してくれた。
それは、ジュエリーデザイナーの卵だった専門学生時代の話。順風満帆だったという学生時代に、あるとき転機が訪れる。
杉原:
当時は、「自分は表現者として生きていくんだ!」って息巻いていて。ジュエリーのコンペティションや展示会にもゴリゴリ作品を出すような意識の高い学生でした。運良く賞もいくつかいただいた。ただ、モチベーションが承認欲求だと、どこかで振り切れなくなるんですよね。
どんなに美しく、豪華絢爛なジュエリーを作り続けても、一部のお金持ちを着飾ることしかできない。「もっと社会性のあるジュエリーをつくりたい」。彼がそう考えたとき、身近にあったのは"結婚指輪"だった。
杉原:
人がジュエリーを身につける理由の源泉は、「承認欲求と自己顕示欲」だと思っていて。だから、本来生活には必要ないものだと心得ています。でも、結婚指輪なら「おしゃれだから」以外につける理由がある。結婚指輪をつくることは、ジュエリーデザイナーとして社会に深く関われる方法だと思ったんです。
その後、結婚指輪のデザインを仕事にするべく東京表参道の結婚指輪ブランドSORAへ就職。ジュエリーデザイナーとして向き合いたい対象が見つかった杉原さんだったが、彼の思考はここで止まらなかった。
彼はずっと、ある違和感を持っていた。それは自分の居る世界、即ちジュエリーの世界が「ガラパゴス化」しているのではないか、自分は視野が狭くなっているのではないかという懸念。会社の中で高い評価を受ければ受けるほどに、その違和感は大きくなる。
杉原:
当時の自分は、入社3年目にして教える側に立っていました。社内で自分のチームを持てることは誇らしく、やり甲斐がありました。ただ、悪く言えばお山の大将になってしまったな、とも思っていた。このままだともっと居心地が良くて、抜けられなくなるなと思ったから、会社をやめることにしたんです。
話を聞いた筆者は、「居心地の良さ」をここまで潔く捨てられる杉原さんの意志の強さを尊敬した。すでに手に入れている環境に対して、客観的な視点を持つことは難しい。
杉原さんは、自分の置かれた世界に対する「違和感」を上手く見つけている。「自分は井の中の蛙ではないか?」、そうした違和感に気づかないふりをせず、挑戦のきっかけにする。
会社員として指輪づくりに励んできた彼は、ついに独立。自身がコンセプトから手がける新しいブランドを作ることになった。
「1人ではここまでしかできなかった」覚悟を示して、仲間を巻き込む
「ひとりでブランドをつくる」
この一言の奥には、膨大な"やるべきこと"が待ち構えている。誰に届けるのか、どこで売るのか、どう認知させるのか、どう作るのか…。ブランドを立ち上げた当初、杉原さんはそういった業務をすべてほぼひとりでこなしていた。
だが、今は一緒にブランドを育てていく仲間が見つかった。「ふたり指輪」に関わる人数は、8人にまで増えた。
杉原:
『CIVILTOKYO』というクリエイティブチームがいて。もともと僕が彼らの仕事を見て惚れ込んで、「CONNECTのアートディレクションをお願いしたい」と思いながらずっと関係性を温めていたんです。
やりたいことのビジョンはある。「彼らと一緒ならできそうだ」という、仲間にしたい人も見つかっている。ただここで、杉原さんは意外な選択をした。
杉原:
彼らと一緒にやるためにも、最初はひとりでブランドをやろうと決めました。
「誰かと一緒に仕事をするために、まずはひとりで仕事をする」。遠回りにも見えるその選択に、どんな意味があるのだろうか。
杉原:
ブランドをはじめた当時は、高い金額を支払うのが難しい状況でした。商品の売り上げから数パーセントを渡す形(レベニューシェア)で仕事を依頼しようかとも考えたんですが、まだブランドを作ったこともない、構想の段階で「タダでここまでやってください」なんて言うのはあまりに虫が良すぎると思って。
本当に一緒に仕事がしたい相手だからこそ、手放しに甘えたりはしない。ともにリスクを背負うことになる仲間たちを、どうやって納得感を持って巻き込むか。そこに、彼の礼儀があった。
杉原:
だからこそ、「自分ひとりでブランドをここまでやった」という姿勢を見せたかった。幸い自分でデザインツールは使えたので、9ヶ月以上かけてできる限りのことをして、ブランドを一度リリースしました。この時点で、数百万円くらいは使っていたんじゃないかな。
ひとりで、ブランドのリリースにまで漕ぎ着けた杉原さん。ただ、これがゴールではなかった。
杉原:
リリースを出した直後、CIVILTOKYOのメンバーに「これをゼロにしてもいいので、一緒に仕事をしてください」と長文の依頼を送ったんです。「全部新しくしていいので、仲間になって欲しい」と。そして無事、彼らは関わってくれることになりました。
井上:
今の話って、「思いをどう共有するか」という手段の話ですよね。人を本気で巻き込もうと思って自分の状態をみた時に「キャッシュをめっちゃ持ってる」とか「有名」とかじゃない。だから「覚悟を示す」という。杉原さんの場合は「ここまで自分でやったけど、ここまでしかできない」ってことと、「なぜあなた方に頼みたいのか」を本気で共有したから、巻き込めたんだと思うんですよね。
杉原:
そうだと思う。実際、彼らからは「あれが無かったらやってなかった」って言われますよ。
人は経験を積むにつれて「自分ひとりでやること」の限界と、「人に頼ること」の可能性を知る。ただ、頼りかたにも姿勢と礼儀があったのだ。彼は言葉だけで人を共感させるのではなく、自分が手を動かす姿を見せることで、相手を巻き込む方法を選んだ。
「自分が手を動かしたい」と、「自分も手を動かす」の隔たり
ここまでの講義を聞いて、自分は一つの勘違いに気が付いた。
これまで自分は、「自分で手を動かすのが好きな人」だと思っていた。相談するよりもまず、自分でやり方を調べてみたり、ウンウン唸りながら悩んでみるのが好きな人だと。
ただ、それは違った。自分は「頼りかたを知らなかった」のかもしれない。
「自分で手を動かすこと」と、「手を動かすことで、誰かを巻き込むこと」の間にはとても大きな隔たりがある。
前者には「自分の力で答えに近づくことができる」という傲慢さがある。誰かを巻き込むことを前提に手を動かすことは、純粋な「目標の実現に近づいていく」作業だと思う。身を切りながら理想に突き進む人に、人は手を貸しやすい。
杉原さんはごく自然に、「自分のやりたいようにやる」という独りよがりなチャレンジではなく、「この世にあったほうがいいものと、自分が信じるものをどう生み出すか?」という方向に舵を切っていた。
彼は行動で示した。『CIVILTOKYO』のメンバーはそれに応え、今は一緒になって『ふたり指輪』を世に伝えるため働いてくれている。
井上:
共感してくれる人が見つかれば見つかるほど、自分のやってること間違ってなかったんだ、って瞬間的に感じることがありますよね。あれを何回感じられるかで、頑張り続けられるかって変わる気がする。
杉原:
わかる、瀕死状態にそれがあるとめちゃくちゃHPあがるから。でも、それと同じくらい大事なのは、「信じてやり続けちゃうこと」を見つけることだと思います。自分を信じ込ませるようなコンセプトを一つ見つけたら、自分でさえそれをやめさせることができなくなりますから。
リスクのそばに、可能性を見つける
「挑戦」をテーマに、自身の活動を振り返ってくれた杉原さん。
彼は幸運にも、自分の信じるビジョンと、惚れ込んだ仲間を見つけた。幸運だけに頼らない彼は、数百万円と9ヶ月ものベットを「ゼロにしてもいい」と、覚悟を示した。
杉原さんは常に、何かを失う可能性の側にある、何かが生まれる可能性を見つけている。リスクはゼロにならないことを知っているからこそ、リスクのそばにある可能性を見つけ、ベットする。
筆者は今回の講義で、「人に頼る」ことの本当の在り方を知った。「こいつのためならやれる」と相手に思わせるほどの覚悟を示して初めて、人は人の行動に巻き込まれてくれる。
知った以上、これから先もずっとこの考えが頭にあるだろう。いざ自分が「人を頼りたい」と思った時、自分の覚悟を見直すことができるはずだ。
テキスト:
いぬいはやと
イラスト:
あさぬー
編集:
くいしん