岡本明才 ピンホールカメラ制作秘話
プロローグ
私はピンホールカメラを用いて作品制作をしています。もともとは、複数の時間の流れを1枚の写真に収めたいという思いから、一般的なカメラを使って挑戦していましたが、なかなかうまくいきませんでした。そこで思いついたのが、大きなカメラで時間差を設けて露光する方法ですが、具体的にどうすればよいのか見当がつかず、途方に暮れていた時期があります。
そんなとき、Google検索でピンホールカメラという存在を知りました。小さな穴を開けるだけでカメラとして機能し、しかも大きいサイズでも作れると分かったのです。半信半疑ながら最初に作ったのは、なんと軽トラックほどの大きさのピンホールカメラでした。
カメラの内部に印画紙を42枚貼り付け、時間をずらしながら露光したところ、複数の時間を1枚の写真に表現できるようになり、作品が完成しました。
部屋カメラ時代
小さな穴(ピンホール)から差し込む光が、カメラの内側に風景を映し出す様子は、私にとって衝撃的な体験でした。まるで魔法のように思えたのです。その驚きから「部屋全体がカメラになればもっと面白いのでは?」と考え、大判カメラを使って室内風景の撮影に挑み始めました。
しかし、最初はうまく写らず、1年ほど試行錯誤を続けることに。そんな中、東京都写真美術館の書店でAbelardo Morell氏の写真集に出合い、そこから自分の露出計算が間違っていたことに気が付きました。そこで露光時間を2時間から8時間に延ばしてみたところ、ようやく撮影に成功したのです。
デジタル挑戦時代
フィルムを使った長時間露光には感度低下の問題があり、2時間の露光では光量不足でうまく写らないことが分かりました。一方で、8時間にも及ぶ長時間露光は大きな負担となるため、思い切ってデジタルカメラへの移行を決断しました。露出時間は40分ほどに短縮できたものの、当時(2007年)のデジタルカメラは高感度性能が十分ではなく、ノイズに悩まされることに。
熱でノイズが入ると聞き、カメラ自体を冷却してみるなどの工夫を凝らしましたが改善には至らず、最終的には天体写真の技術と画像処理ソフトを活用することで「デジタル部屋カメラ」を完成させました。
デジダンボールカメラ時代
部屋をまるごとカメラにすると、床や壁だけでなく天井にも風景が投影されるため、不思議な感覚を味わえます。しかしピンホールカメラには通常のレンズのような「イメージサークル」がないことや、デジタルで長時間露光を行うことへの違和感など、さまざまな問題がありました。
そこで、撮影空間を小さな箱(ダンボール)にして、穴からの投影距離を短縮。露光時間を明るく調整し、デジタルカメラで撮影しやすくした「ダンボールカメラ」を開発したのです。その結果、露光時間は2分ほどまで大幅に短縮。
歴史的なピンホールカメラは暗い環境に強い反面、写りはソフト。新しいデジタルカメラはシャープな表現が可能な一方、暗い場所は苦手という矛盾を抱えています。これら相反する特性を組み合わせ、ピンホールカメラをデジタルカメラが補完する形のダンボールカメラを作ることで、思いもよらない面白い関係性が生まれました。
超巨大化時代
2013年頃にはデジタルカメラの性能がさらに向上し、超高感度で撮影してもノイズが少なくなりました。すると、撮影対象を大地そのものやより広大な風景へと広げたくなり、ピンホールカメラはますます巨大化。風景のスケールに合わせて、カメラサイズもどんどん拡大していきました。
先駆者からのメッセージ
2013年、栃木県立美術館の企画展「マンハッタンの太陽」を訪れた際、山中信夫氏の作品に出合う機会がありました。ピンホールカメラの先駆者としての技術的試行錯誤、太陽光の捉え方、そして実験的な表現方法を目の当たりにし、深く感銘を受けたのを覚えています。
当時の展覧会図録は、表紙のカバーを外すと小さな穴が空いているというユニークなデザインでした。この穴を利用して新たにカメラを作ってみたところ、これまでのようにカメラ内部に映し出された風景だけでなく、「カメラの穴」自体も含めた作品が偶然にも生まれたのです。まさに、先駆者の図録から新しい風景が立ち現れた瞬間でした。
自転車カメラ時代
カメラの穴と外の風景を同時に写し込む、そんな新たな撮影方法を模索する中で、大きさや機動力を考慮した結果、導き出されたのが「自転車移動式カメラ」でした。自転車を使うことで自由に移動でき、従来の大型ピンホールカメラでは実現しにくかった視点や構図にも挑戦できるようになったのです。
大きな穴時代
ピンホールカメラ愛好家の間では、「穴は小さいほうが良い」というのが常識です。小さくすればするほど像が鮮明になるからです。正直、鮮明な写真だけが目的なら、レンズ付きのカメラを使えばいいのではないかと思っていました。
そんなある日、私は薄暗い部屋に入って驚きました。床には青や茶色の色がぼんやりと映し出されていたのです。どうやら扉がピンホールの役割を果たしており、正面のマンションや空が部屋の床に投影されていました。
「大きな穴でもカメラになるんだ」と実感した瞬間でした。しかも、その少しボケた世界が、また独特の魅力を放っていたのです。
最後にピンホールカメラの仕組み解説動画