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逮捕された後に連絡をくれた女優M

僕が敬愛する中島らもさんは、あらゆる飛び道具に貪欲で、どれだけヨレヨレになろうが面白い文章を書く作家だ。思い返せば僕は常にそのような人たちに憧れを抱いてきた。今の僕を形づくるきっかけになった林文浩さんは勿論、その林さんがリスペクトしていたハンター・S・トンプソン、他にも青山正明さん、吉永嘉明さん、石丸元章さん等々。彼らのゴンゾー・ジャーナリズムをはき違え、酩酊にのみ傾いた結果が今の僕であり、今日も桜木町の『はなみち』で呑む。

1988年、らもさんは日々の連続飲酒の末に、起き上がることすら出来ず失禁、目ん玉も顔色も真っ黄色になる。観念して病院に行くとアルコール性肝炎と診断され、即日入院した。その実体験をもとにして書いた小説『今夜、すべてのバーで』の作中に、アル中レベルをはかる「久里浜式アルコール依存症スクリーニングテスト(KAST)」というものが出てくる。

全14問質問項目があり、答えによってそれぞれ点数が定められている。総合点2点以上で「きわめて問題多い(重篤問題飲酒群)」というそのテストで、僕の点数はなんと12.5だった。これは、らもさん本人がモデルであろう本作の主人公・小島容と同点になる。アル中病院で壮絶な闘病生活を送る小島と同じとは……。

読後、何年か経ち、僕の連載『芸術超人カタログ』(現在終了)の初代担当編集者と呑んでいる時に、KASTの話になったことがあった。

「実はオレ、あのテスト、主人公と同じ12.5だったのよ」
「オレもだよ。普通に酒呑んでたら大体そんなもんでしょ!」

もしかして自分は結構ヤバいのでは、と思っていた数年来の僕のモヤモヤは吹き飛んだ……と一瞬思ったが、すぐにコイツもただのヤバいヤツじゃないかと思い直した。

彼と僕が出会ったのはmixiがきっかけだった。僕が現在の妻と婚姻届を出しに行く道中、ソープランドの前を通りかかると、従業員通用口からバチバチにメイクした元カノが出てきて鉢合わせになったというエピソードを書いた日記を見て、「うちで何か書いてみませんか?」とメッセージを送ってきたのだ。

すぐに彼が所属する雑誌『小説推理』(双葉社発行)を調べると、執筆陣に西村京太郎、赤川次郎、伊集院静、花村萬月、町田康など錚々たる面子が並んでいた。そんな雑誌にSNSに与太話を書いているだけの物書き素人の僕を加えようとする時点で、かなりヤバいヤツだなと思った。さらに、彼の「普通」という言葉を簡単に信用するわけにはいかない理由が他にもあった。話は僕が『小説推理』で連載をはじめる8年前にまでさかのぼる。

当時の僕は林さんからの助言もあり、辞書ほどの分厚さがある関西の風俗雑誌の編集部に所属していた。ここがブラック企業なんて生ぬるい、漆黒のような職場だった。例えばこんな一日がある。

昼過ぎに『人妻パラダイス』なるピンサロに赴き、自分の母親ほどの年齢の熟女数十名に「性感帯はどこですか? スリーサイズは?」と一人ずつ聞いて回り、ポーズをつけて撮影。取材後、編集部に戻ると、その月の号に載せる女のコ全員の掲載許可を取るために、各店の担当者に片っ端から電話をかける。通称「掲載確認」。ハッキリ言ってカタギかどうかも怪しいような連中が相手だった。

「今月紹介させていただくサクラちゃんはカタカナ表記でよろしいでしょうか? スリーサイズはバスト85、ウエスト……」
「おい!! お前うちの店潰す気か!? そんなブス載せてどないすんねん!! キヨ載せとけ! 一番デカく載せとけよ!」

そう言って電話を叩き切られるが、女のコをどれくらいの枠で載せるかは、各業者の広告費に比例するため、僕の一存では決められない。しかも、キヨちゃんはカタカナ表記なのか、ひらがな表記なのか、もしかすると苗字がついて何々キヨちゃんかもしれない。その辺の確認をおこたると後でとんでもない事件に発展する可能性があるので、恐る恐るかけ直すしかなかった。

「何回もかけてくんな!! ◯すぞ!!!!!!」

そのように怒鳴り散らされても確認が取れるまでは何度もかけ続けなくてはならないのだ。これを多い日は50人分取った。仕事は勿論それだけではなく、企画立案、取材のアポ取り、写真の選択、原稿チェック、レイアウト等々、輩からのプレッシャーに晒されながら、朝10時から深夜1時2時まで働き続けた。唯一の楽しみは仕事終わりに吉牛を食べ、深夜営業の書店に立ち寄り、「いつかはオレもこんな本を編集したい」という雑誌や単行本を買って帰ることだけだった。

ある時、僕が取材に連れて行ったカメラマンの態度が気に食わないという理由で、小沢仁志(a.k.a顔面凶器)似のホテヘル従業員に胸ぐらを掴まれた日があった。その日の帰り道、いつものように書店に寄ると一冊の本が目に飛び込んできた。

『ジャンキー編集者』

大麻取締法違反で逮捕され、年収1500万円とアイドルと会えるパスポートを失った元・週刊少年マガジン副編集長の半自伝的小説である。

なんて舐め腐ったタイトルと表紙デザインだろうか。僕が場末の熟女に性感帯を聞いている間、この本の著者はロケ先でグッドトリップを味わっていたのだ。そして、自宅マンション下に待たせたロケバスで、上戸彩さんと一緒に撮影現場に向かう日、パトカーに乗る羽目になり懲役1年、執行猶予3年のバッドトリップ。そのような憂き目にあった著者に唯一優しい言葉をかけてくれたのが真鍋かをりさんだった。

そんな華やかな世界に憧れを抱くことはなかったが、僕には特異な経験や知識を持つ表現者とタッグを組み、紙の刺激物をつくって世間に投げかけたいという強い気持ちがあった。自分自身が身を置く環境と盛大にふざけ切ったこの本の担当編集者の仕事ぶりを比べると、情けなくて涙が流れた。まさかそれから8年後、その編集者がmixi経由で僕に原稿依頼の連絡を寄越すなど夢想だにしなかった。

熟女や輩との仕事を経て、その後、僕も思い描いていたような編集者人生を歩むことができた。そうしてわかるのは、『ジャンキー編集者』なんて本を編む人の「普通」は、世間一般の普通とは大きく乖離している。よって僕たちはアル中に違いないだろう。

2004年に、らもさんが亡くなった時は全身に鳥肌が立った。『アマニタ・パンセリナ』(名著!)に記された、「僕は、遠からず死ぬな、と思っていた。それも、ラリって階段から転げ落ちるか何か」が現実に起こったからだ。それは僕が〝予言が的中〟をはじめて目の当たりにした瞬間だった。

僕は一体どのように死ぬだろうか。らもさんの先の文は、「別に悲愴感はない。野次馬になってその様子を見られないのが残念だが」と続く。人によって死に方は様々あるが、僕の場合は〝酒を呑んで酔っ払ってる間に死ぬ〟以上に、楽な死に方は今のところ思いつかない。


本ページは雑誌『GO ON』Vol.8の「酒場奇太郎」を加筆修正したものです

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