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スナックふかよみ 志賀直哉『網走まで』第5話「可哀想な女」


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2023年 某月某日
東京 新宿
スナックふかよみ にて





馬鹿にしないでよ。そっちのせいよ。


馬鹿にしてるのは、そっちだ!


ちょっと待って。

プレイバック、プレイバック。


は?


ひょっとして、これは…

山口百恵?



プレイバック…  パート2…

作詞… 阿木燿子…


やっぱりこの小娘ふざけてますぜボス!


めぐみちゃん、もういい加減にしなさい!

捜査に協力するのが市民の務めでしょ!

刑事さんがどうしても聞きたいって言ってるのに答えないなんて!


そうだそうだ!ママさんの言う通りだぜ!

あんたには誠意ってもんがないのか!?


誠意って、何かね?


『What is truth?(真理とは何か?)』
Nikolai Ge(ニコライ・ゲー)


は?


間違えた。こっちだ。


『北の国から’92巣立ち』
高円寺の豆腐屋の主(菅原文太)


て、てめえ、この野郎!

また俺を馬鹿にしやがったな!


もう本当にふざけるのはやめて頂戴!

刑事さん本気で怒ってるわよ!


深代ママ、わたしふざけてなんかいません。

ゴロー刑事が「宇都宮から届いた葉書の内容を教えろ」「やすきがここへ来た日に何があったか教えろ」「なぜガーシーの爺さんが犯人だとわかった?」って言うから、答えただけなんです。


え?


我々の質問に対する答えが山口百恵の『プレイバックpart2』だと言うのか?


ええ。そうよ。


まったく何なんだよこの店はさァ!

店の名前だけじゃなく、働いている女までふざけてやがる!


ゴロー、お前は黙ってろ。

めぐみちゃん… 私の部下が失礼なことを言って、すまなかったね…


いいえ。いいんです。

わたし、誤解されるの慣れてますから。


それでは詳しく話してくれないか?

宇都宮から届いた葉書に何が書かれていたのか…

ここへ安木が来た日に、いったい何があったのか…


あれは真夏の、出来事でした。


真夏?8月か?8月のいつだ?

安木とガーシーの間に何があった?


今から話すけれど、もらい泣きなどしないでくださいね。


誰がするかボケ!さっさと話せ!


ん?


うふふ。聞いてね♡




8月某日
東京 新宿 スナックふかよみ
チーママめぐみ、初ひとりカウンター




さあて、いよいよ今夜は「ひとりカウンター」デビューだわ。

深代ママがいなくても大丈夫かしら?

てゆうか、お客さん来てくれるかな?

ああ、ドキドキしちゃう~


カランカラン…


あっ!いきなり来た!

い、いらっしゃいませっ!


あの~ 初めてなんですけど、大丈夫ですか?


だ、だ、大丈夫です!

私も初めてですから!


は?


あっ、いえ…

今夜はママが居なくて、わたしが初めて一人でカウンターに立つって意味で…


なるほど。初めての代理ママってわけか。


チーママのめぐみと申します!

立ち話もなんですから、どうぞお席の方へ!


はい。それでは…

えーと、とりあえずビールでももらおうかな…


かしこまり~

どうぞ!ひえっひえのおしぼりです!


ありがとう。ふう~ 

暑い日のツメシボは堪らないねえ…


お待たせしました!

男は黙ってサッポロ黒ラベル、キンキンひえっひえのビールでございます!



ほう。こりゃ本当にキンキンひえっひえだ。

瓶ごと凍ってるんじゃないかってくらいの霜の量だね。


夕方から冷蔵庫フルパワーで冷やしてました!

厳寒のオホーツク流氷モードで!


へえ。ここの冷蔵庫にはそんなモードがあるのかい?


まさか!冗談です!


はっはっは。面白いねえ君は…

えーと…


めぐみです!チーママのめぐみ!


それじゃあ、めぐみちゃんの初ひとりカウンターデビューを祝って乾杯しようか?

さ、グラスをどうぞ。

お客さんがいっぱい来て忙しくなる前に、ガソリン入れとかなきゃ(笑)


あ、ありがとうございます!

では… お言葉に甘えて…


かんぱーい!


かんぱーい!

ゴクゴク… ふぅ… おいしい…


記念すべき日の初めてのお客さんが僕なんかですまなかったね。

どこの馬の骨かもわからない一見の客で。


いいえ。どんなお客さんでもお店にとってはみんな大事なお客さんです。

って深代ママが言ってました。


ふかよママ?

なるほど。ママさんの名前が深代だから「スナックふかよみ」か。

さっき外の看板を見た時、どういう意味かと不思議に思ったんだよね。


あの… お客さんのことは何と呼べば?


ああ、僕かい?

「やすき」と申します。よろしく。


こちらこそです、やすきさん…





なるほど、ボス…

ガイシャの安木は、たまたまこの店の前を通りかかり…

あの看板を見て店の名前が気になり、飛び込みで入って来た…


うむ… しかしなぜ安木は、わざわざ知らない店に…


続きを聞きたい?


当たり前だ!

これだけじゃ何にもわからんだろ!


ん? んん?


うふふ。それじゃあ続きを話してあげる。

私と彼の、その後ね…






へえ、そうなんだ…

この店に入ってまだ一ヶ月なのに、もうひとりで…


ところでやすきさん、カラオケは? 何か歌う?


いやあ、僕は歌は苦手で…

めぐみちゃん歌ってよ。めぐみちゃんの歌が聴きたいな。


ブ~ラジャー!

では… えーと…

あった!これこれ!


♬~♪~♬~(イントロ)


ほう。これはまた懐かしい曲だ。


それでは歌わせて頂きまーす!


♬Chiquitita, tell me what's wrong♬

♬You're enchained by your own sorrow♬



♬Try once more like you did before♬

♬Sing a new song, Chiquitita♬


ご清聴ありがとうございました~!


パチパチパチパチ…

しかし驚いたな。若いのにABBAなんてよく知ってるね。


おばあちゃんがよく聴いてたの。

わたし、おばあちゃんっ子だったから。

大好きだったミズーリのおばあちゃん…


ミズーリ? 君の祖父母はミズーリ州に住んでたの?


アメリカのミズーリじゃなくて、愛知県名古屋市中川区の水里よ。

ところで、やすきさんは、おいくつ?


僕? いくつに見える?


う~ん、39? いや、35?


51です。


え~、見えな~い。


ははは。どうもありがとう。

女性接客業の定型文みたいなセリフを。


ビールのおかわりは?それとも他のにします?


そうだな… ビールはもういいから…

何にしようかな…


カランカラン…


いらっしゃいませ~

あっ!ガーシーのおじいちゃん!


おや。先客が。

わしが一番乗りじゃなかったか。


残念でした~

もう「はじめて」は、この人にあげちゃった(笑)


あ、どうも… すいません…

いただいちゃいました…


よかよか。ふぉーっふぉっふぉ。


でも約束通り来てくれたんだ~

ありがと~


ほれ。これはわしからの祝いの品じゃ。


園の… 露…?

これって幻の米焼酎でしょ?

AMAZONとか楽天では売ってないやつ!



左様。めぐみちゃんが根っからのオコメ好きだと小耳にはさんだもんでね。


そうなの!わたしオコメだ~い好き!

ありがとうガーシーのおじいちゃん!


ふぉーっふぉっふぉ。

それでは早速それで乾杯しようかね。

あんたもどうです? 焼酎はイケる口で?


え? 僕もいいんですか?


当たり前じゃ。今日はこの子が一人前のスナックの女になった日。

だからわしはわざわざコレを探して買ってきたんじゃ。


どういうことで?


あんた、なぜこのオコメ焼酎が「園の露」という名前なのか知っとるかね?


名前の由来ですか?

えーと、たぶん…

庭園の花を濡らす美しい朝露みたいなお酒だから?


と、思うだろう?

しかしそうではない。


では、なぜ「園の露」という名前に?


「園」っちゅうのは、この酒を生み出した川崎酒造の主 川崎さんの愛妻の名前じゃ。


奥さんの名前が「園」?

つ、つまり「お園さんの露」なんですか?


人妻の… 秘密の花園を… 濡らす露…

たまらんじゃろ?

ふぉーっふぉっふぉ。



なんかよくわかんないけど、おいしそ~!

あ、そうそう…

ガーシーのおじいちゃん、こちらはやすきさん。

やすきさん、こちらガーシーのおじいちゃん。


はじめまして。やすきです。


わしはここではガーシーと呼ばれておる。

遠慮せずにガーシーと呼んでくれ。


はい、ガーシー… さん…

なんだか、逮捕された国会議員みたいで呼びにくいですね…


それにしても奇遇じゃな。

あんたの名は「やすき」というのか。


そうですが、なぜそれが奇遇で?


わしの目の前に「やすき」と「めぐみ」がおる…

そしてカウンターには「イス」がある…


???





この爺さんは何を言ってるんだ?

ボケてるのか?


失礼ね。

ガーシーのおじいちゃんはボケてるように見えて案外しっかりしてるんだから。


そうなのよね。

実はすっごくインテリだし。東大に行ったらしいわよ。

英文学科だから英語もペラペラなんだって。

中学では進級できなくて2回も留年したらしいけど。


中学で2回も留年して東大に行った?

なんだそりゃ?馬鹿なんだか利口なんだかわからねえな。


ABBA… チキチータ… 園の露…

めぐみと、やすきと、イスがある…

プレイバック… part2…


米津君、どうかしましたか?


あっ、いえ… 何でもありません…


クスッ


で、それからどうなった?

安木とガーシーの間に何か起きたんだろ?

あんたをめぐって言い争いにでもなったか?


うふふ。そうだったらよかったんだけど。

残念ながら、この話のヒロインは、わたしじゃないのよね。


まだ他にも誰か居たのか? あんた以外の女が?






ナニコレ超おいしいっ!


うん。これは美味い。


そりゃ美味いに決まっとる。

極上のオコメの露じゃ。


ん? ガーシーさん…

か、顔に…


しっ!やすきさん!いいの!


え? だってガーシーさんの顔にハエが…


だからいいんだって!

あれはペットみたいなものだから…


ペット?


なぜかよくわからないんだけど、いつもガーシーさんが飲んでると、どこからともなくハエがやって来て、あそこに止まるのよね…

普段この店にハエなんていないのに…


・・・・・


でも、あんなところにハエが止まってたら気になるでしょう?


初めて見る人はそうかもしれないけど、あれは毎度のことだから…

ちょっと大きめのホクロだと思って、普通に接してあげて…


う、うん… わかりました…


あー、ところで…


えっ? な、何ですか?


ここに、わしへの電話はなかったかのう?

妙齢の御婦人から…


女の人から電話?

いいえ。なかったですけど。


そうか…

今夜ここで待ち合わせしとるんじゃが…


待ち合わせ?

ガーシーのおじいちゃんが、女の人と?


悪いか?


いいえ、そういう意味じゃなくて…

どんな人なの、その女の人は?


うむ…

あれは可哀想な女でのう…


可哀想な女? 不幸ってこと?

わたしみたく男運がないとか?


男運もなければ、仕事運・上司運もない…

まったく可哀想な女じゃ…


ひどい男と、ひどい職場か…

本当に可哀想なのね、その女の人…


こうしてただ待っているのも何だから、歌でも歌おうかのう。


やった!またガーシーのおじいちゃんの歌が聴けるのね!

はい、マイク!


ふぉーっふぉっふぉ。

では、ミュージック、スタート!




つづく




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