深読み 米津玄師の『BOOTLEG』最終章『灰色と青』プロローグ
ここまでのあらすじ
第1部
犬と共にジープに乗ってアナンシを走っていた「僕」は、言葉の通じないガソリンスタンドで写真を撮られ、廃墟と化した遊園地ヨネヅパークへ辿り着いた。そして「僕」はヨネヅパークの最深部にある《シュワちゃんの墓所》でピエロの姿をした奇妙な男《ジョーカ》と出会う。《ジョーカ》は「僕」に《墓所の主》の話を語り、主の墓室へと誘った…
第2部
《シュワちゃんの墓所》に落ちた春雷によって暗示がとけた「僕」と《ジョーカ》は米津玄師のアルバム『BOOTLEG』について語り合う。『BOOTLEG』はビートルズのアルバム『LET IT BE』のホッパー(バッタもん)であり、ポール・マッカートニーがやったように Beato Angelico(フラ・アンジェリコ)の絵『受胎告知』を元ネタにしたものだった…
第3部
《シュワちゃんの墓所》で「僕」と「ジョーカ」は米津玄師のアルバム『BOOTLEG』とビートルズのアルバム『LET IT BE』の関係について語り合う。1曲目の『飛燕』と『TWO OF US』にも深い秘密が隠されていた…
第4部
ヨネヅパークにある《シュワちゃんの墓所》で米津玄師のアルバム『BOOTLEG』とビートルズのアルバム『LET IT BE』の関係について語り合ってきた「ジョーカ」と「僕」は、最後の曲『GET BACK』と『灰色と青(+菅田将暉)』の話を始める。ビートルズの曲の中で最も誤解されている『GET BACK』の歌詞を読み解き、2人は米津玄師最大の謎《灰色と青とは何なのか?》に挑む…
第5部
最終章
米津玄師の『灰色と青(+菅田将暉)』2番はこう始まります。
忙しなく街を走るタクシーに
ぼんやりと背負われたままくしゃみをした
窓の外を眺める
いろいろおかしいな。
ええ。この歌はまず設定が変です。
1番の米津玄師は垢抜けたお洒落な服装で優雅に朝帰りをしていた。
だけど乗っていたのは明け方の電車。
2番の菅田将暉は垢抜けない労働者階級の服装で、労働者階級の象徴タバコを吸っていた。
だけどタクシーに乗っていたと歌う。
普通に考えれば、お洒落で優雅な米津玄師がタクシーで、ダサくてイケてない菅田将暉が電車だ。
それなのに、なぜか逆になっている。
しかも菅田将暉はタクシーに背負われていたと歌う。
タクシーの中に座っていたのではなく、タクシーの上に乗っていた、と。
スタントマンか!ってツッコミたくなりますね。
しかし人々はこの違和感をスルーした。
スタントマン以外の人間はタクシーに背負われたことなどないのに、この異常な状況の意味を考えもせず受け入れたのだ。
そして菅田将暉はくしゃみをして窓の外を見る。
菅田将暉はタクシーの上に乗っているはずなのに、どうやって窓の外を見るのだろう?
明らかに変です。2番は何から何まで変。
それはなぜかな?
菅田将暉が一人二役をしているからです。
菅田将暉のパートは、男と女の描写が入り混じっている。
その通り。『GET BACK』の2番のオマージュだな。
Sweet Loretta Martin thought she was a woman
but she was another man
多くの人を惑わせた歌詞。
愛しのロレッタ・マーティンは自分を女だと思っていた
けれど彼女は男だった
と世間では解釈されている歌詞ですね。
イヴはエデンの園で唯一の女だったが、元々はアダムの身体の一部、つまり元男だった。
そしてロレッタ・ヤングは自分をクラーク・ゲーブルが愛する唯一の女だと思っていたが、所詮は二号さんに過ぎず本命ではなかった。
ポール・マッカートニーはこの2つを重ねて歌詞を書いた。
男であり女でもある菅田将暉は、くしゃみをして窓の外を見た。
そして心から震えたあの瞬間を想起する。
菅田将暉は何者なのか?
そのヒントはこの後に出て来るセリフに隠されています。
何があろうと僕らはきっと上手くいく
LET IT BE…
ではなく、AAL IZZ WELL(ALL IS WELL)だな。
米津玄師は『灰色と青』を読み解く鍵としてインド映画『きっと、うまくいく』をヒントに出した。
歌の中のセリフといえば『fogbound(+池田エライザ)』があったな。
このキャンディが溶けてなくなるまではそばにいて
あれは落語の『お直し』とHBOドラマ『THE DEUCE(ザ・デュース)』のオマージュでした。
『お直し』は線香が燃えてなくなるまで、『THE DEUCE』はヒロインの名前がキャンディ。
男「『お直し』も『DEUCE』もビートルズの『MAGGIE MAY』と同じように娼婦、ストリートガールの話。
だから米津玄師は道を歩きながら鼻歌を歌っていた池田エライザの話をした。
池田エライザはその前年にセクシーなお仕事の女性を演じて話題になっていました。
それでは『灰色と青(+菅田将暉)』のセリフ「何があろうと僕らはきっと上手くいく」が意味することとは?
『fogbound(+池田エライザ)』のセリフ同様、2つの意味が隠されています。
1つは AAL IZZ WELL(ALL IS WELL)の言葉遊び。
AAL IZZ WELL は AA LIZZ WELL とも読める。
ああ、リズ(エリザベス)は上手くいった。
受胎告知の時のセリフですね。
受胎告知の場面で天使ガブリエルは、突然の妊娠を不安がるマリアに対して、子供の出来ない体だったエリザベスも神の力で妊娠したから大丈夫と言った。
神に出来ないことは何も無い、すべてはうまくいく、と。
では、あのセリフに隠されたもう1つの意味は?
何があろうと僕らはきっと上手くいくに隠されたもう1つの意味、それは菅田将暉が演じている男女の男の正体に関すること。
その男は、どこの馬の骨かもわからない、卑しくて怪しい男だった。
米津玄師はそれをインド映画『きっと、うまくいく』で暗示したのだな。
あの映画は、かつての親友たちが十年ぶりに会おうとするところから始まる。
それは夏の終わり 9月5日のことでした。
米津玄師が『灰色と青』の撮影時期を9月上旬にこだわった理由はここにある。
映画『きっと、うまくいく』に重ねたかったのだ。
映画の主人公ランチョーは人が驚くほど才能豊かで、当初はセレブの子息だと思われていましたが、実際に確認してみたら身分の低い卑しい男、セレブの家に雇われている庭師の息子だった。
そんなランチョーの口癖が AAL IZZ WELL(きっと、うまくいく)。
正確には うま をうまー と強く発音する。うまー。
つまり馬ですね。
そう。タクシーに背負われた とは、本来 馬に背負われた なんだな。
さすがに現代の日本には馬に乗って道を行く人はいないからタクシーに置き換えられた。
そしてきっとウマくいくという言葉は、主人公ランチョーが実家の部屋にいる時に窓の外から聞こえてきたものだった。
窓の外の道を行く身分の低い男が、大きな声で歌うように言っていたんです。
『灰色と青』にとって『きっと、うまくいく』は非常に重要な意味をもつ。
米津玄師が挙げた『キッズ・リターン』はカモフラージュ、ダミーみたいなもので、インド映画『きっと、うまくいく』が本当のヒントだ。
そして『灰色と青』には『きっと、うまくいく』の他にも、もう1つオマージュされている映画があります。
この部分の歌詞だな。
今更 悲しいと叫ぶには
あまりに全てが遅すぎたかな
もう一度 初めから歩けるなら
すれ違うように 君に会いたい
この歌詞がオマージュしているのは新海誠の『君の名は。』です。
あの有名なラストシーンですね。
つまり『灰色と青』に隠されたテーマは 君の名は? ということ。
だからサビではこう歌われる。
朝日が昇る前の欠けた月を
君もどこかで見ているかな
さて、君の名は?
米津玄師、そして灰色と青。
その通り。
この歌における「君」の名とは「米津玄師」と「灰色と青」だ。
おそらく米津玄師は、アーティスト活動を始めた頃からずっと、朝日が昇る前の欠けた月の歌を9月に作りたいと考えていたんだと思います。
そしてアルバム『BOOTLEG』の制作が始まり、ついにそのチャンスが来た。
朝日が昇る前の欠けた月とは、有明の月のことだな。
そうです。米津玄師は9月の有明の月を歌いたいとずっと思っていた。
だから『きっと、うまくいく』と『君の名は。』をオマージュしたんです。
9月の有明の月の歌といえば、これだな。
今来むと 言ひしばかりに 長月の
有明の月を 待ち出でつるかな
あなたが今すぐ参りますと言うので九月の夜長を眠らずにずっと待っていたら、朝日が昇る前の欠けた月が出てしまいました…
小倉百人一首21番、作者は素性法師(そせいほうし)…
出家する前の名前を良岑玄利(よしみねのはるとし)という…
良岑玄利の玄と、素性法師の師で、玄師になる。
米津玄師の名前の由来だな。
3月10日、春の日に産まれた子なので、玄(はる)を入れたかったのでしょう。
米津玄師は生まれながらにして歌人になる定めだった。
だから米津玄師はどうしても朝日が昇る前の欠けた月の歌を9月に作りたかったんです。
それが名付け親への恩返しになるから。
律儀でロマンチックな男だ…
米津玄師という男は…
ええ、本当にそうですね。
そして、もう1つの君の名は 灰色と青 …
この『灰色と青』という題名こそが、この歌最大のトリックです。
ここに知恵が必要である…
賢い人は題名の色にどのような意味があるかを考えるがよい…
色は、人間を指している…
そして、その数字は319の194である…