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「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇⑪&読みたいことを、書けばいい。」(第237話)
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2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
さてと。
無駄話はこれくらいにして、そろそろ本題に入りましょうか。
あのトラはどうなったの? 矢が立った石のトラは、その後...
そんなにあのトラが気になるのかなあ。
もっと面白い話がいっぱいあるのに。
私も君の面白い話は大好きなんだけど、これだけはどうしても今日中に聞いておかなきゃいけないの。
どうして?
来週でも、来月でもよくない?
いや、いっそ来年でも!
私はそれでも全然いいんだけど(笑)
だけどね、そうも言ってられない事情があるのよ…
じじょー?
今夜中にレポートにまとめなきゃいけないの。
君が見たという話を、ぜんぶ。
レポート? 誰かに僕の話を教えてあげるってこと?
そうよ。
実はね、君のことを知ってるかもしれないっていう人から連絡があったの。
え?
君が肌身離さず大切に持っていた本があったでしょ?
この島へ流れ着いた君が持っていた唯一の所持品である本…
あの本と君の写真を見て、心当たりがあるっていう人が現われたの。
それって… どこの人...?
もちろん日本の方よ。名前はまだ明かせないんだけど。
・・・・・
週明けにはこの島へやって来るから、それまでに君の話を確認しておきたいって…
だから明日にはレポートを送らないといけないの。
日本から… ここへ…
そう。日本から2人で来るそうよ。君に会いに。
・・・・・
大丈夫。何も心配はいらない。私も一緒に居てあげるから。
持ってきて… くれるかな…
え?
日本から、持ってきてくれるかな…
持ってくるって、何を?
パイ…
ぱい?
源氏パイだよ!
げんじ… ぱい…?
え? まさか源氏パイを知らないとか?
ええ… ごめんなさい…
何なのかしら、その「げんじぱい」というのは…
源氏パイはね、日本が誇る、お菓子のチャンピオンだ!
モンドセレクションで5回連続 金メダルに輝いたんだよ!
お菓子? モンドセレクションって?
本気で言ってるの!?
まさかこの世にモンドセレクションを知らない人がいたとは!
お菓子のコンテストみたいなもの?
コンテストどころの騒ぎじゃないって。あれはお菓子のオリンピックだよ!
世界中から集まった選りすぐりのお菓子と競い合い、源氏パイは日本のお菓子で初めてモンドセレクション・トロフィーをゲットしたんだ!
金メダルを5回連続とらないともらえない、超スーパーなトロフィーをね!
まさに伝説を超えた存在、お菓子界の生ける神!
そんなにすごいお菓子なんだ。「げんじぱい」って…
覚えておいたほうがいいよ。世界の源氏パイだから。
あの「あかしやき」と、どっちがすごい?
うーん。それはむつかしい問題だなあ…
明石焼きには明石焼きのすごさがあり、源氏パイには源氏パイのすごさがある…
どちらにせよ、一度、食べてみないことにはわからないだろうね、そのすごさは…
そうね。ぜひ一度食べてみたいわ。
明日レポートを送る時、その日本人の人に伝えておいてよ。
「追伸 こちらへ来るときはぜひ源氏パイを忘れずに」って。
おすそ分けしてあげるから。
うん。わかった(笑)
ああ、月曜日が待ち遠しい!
早く食べたいなあ、源氏パイを!
私も楽しみ。
それじゃあ、聴かせてもらおうかしら。
あの話の続きを…
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
太平洋を漂流した人物が「パイ」という名前であることと、辿り着いた場所が「トマットラン(トメトラン)」という地名であることは、切っても切れない関係にある。
そして「トマットラン」と「パイ」に「日本人」が加わることで「パイの物語」は完成するんだ。
「神を信じるようになる物語」である「パイの物語」がね。
だから二人の日本人「オカモトとチバ」が必要だったというわけ…
関西弁っぽい名前が関係あるって、どういうことなの?
それでは、いよいよ話すとしようか…
『ライフ・オブ・パイ』に隠された秘密…
パイの物語の真実を…
今さら必要ないとは思うけど、念のため予告編を観ておこうかしらね。
『LIFE OF PI 』
人生に迷っていたライター「ヤン」は、インドで出会った謎の老人から「パイ」という人物について教えられる。
パイという男は信じられない体験をした人物だから、ぜひカナダへ話を聴きに行け。それは「神を信じるようになる話」だと。
ヤンはパイの家を訪ね、彼の半生を聞かされる。
インドで生まれ育ち、アメリカ大陸を目指して貨物船に乗り込み、マリアナ海溝で船が沈没し、トラと一緒に小舟で漂流したという話を。
パイの「船旅」は、インドからメキシコまで、赤道付近で地球を半周した形になります。
そう。きっかり半周じゃ。狙ったかのように。
パイに地球を半周させたかった、ということなのでしょうか?
そこから逆算して到着地が決まったとか?
うふふ。どうかしらね。
アン・リーの映画版では大きく変更されたけど、ヤン・マーテルの小説版では、到着地メキシコでの話が詳しく描かれる。
小説は三部構成になっていて、第一部はインド編、第二部は太平洋編、そして第三部は丸々メキシコ編だった。
メキシコ篇の主役はこの二人と言っても過言ではなかったわ。
船の残骸も無く、誰も目撃者のいない貨物船沈没事故の調査のため、唯一の当事者パイの話を聴きに来た日本人オカモトとチバ。
消えた貨物船を調査していた日本の運輸省海事局と保険会社は、パイがメキシコに流れ着いたというニュースを聞き、ロサンゼルスにいた二人を現地に派遣させた。
しかしなぜか二人は、パイが泊っている療養施設のある町「トマットラン」の場所を勘違いし、飛行機ではなく車で出発する。
そしてメキシコ国内をノンストップで約2000㎞も走り続け、一日半かけて到着した。
『カリブ 愛のシンフォニー』の神田正輝へのオマージュ。
あっちは奇跡が起こって半日で着いちゃったけど(笑)
パイが語る「2つのストーリー」を総括するのは、映画版では作家ヤンになっていたけど、小説版ではオカモトとチバの仕事。
ほとんど冗談にしか聞こえないような会話を交わしながら、「パイの物語」が何を意味しているのかを明らかにしていくという構成だ。
パイの語る話は「モーセ五書」のパロディになっていて、それは同時に「イエス・キリストの物語」になっていた…
その通り。流れを整理してみよう。
パイの病室を訪れた二人は、テープレコーダーをセットし、パイにインタビューを始める。
まずパイはこんなことを言った。
「お腹が空いたな」
パイの機嫌を損ねてはいけないので、二人は持っていたお菓子を与える。
そのお菓子をパイが物珍しそうに大喜びするので、オカモトは「ただのクッキーだよ」と言った。
そしてパイは機嫌よく話を始める。
まずは「動物が出てくる話」ね。
シマウマ、オランウータン、ハイエナ、ミーアキャット、肉食島、そしてトラ…
オカモトは「とても興味深い話だ…」と冷静に言い、チバは「なんて話だ!」と興奮する。
そんなチバに対してオカモトは、パイにわからないよう、日本語でこう言った。
「馬鹿者。彼は我々を馬鹿にしているんだ」
英語と日本語を混在させ悪口がわからないようにした会話…
そして人を馬鹿にする発言…
スペイン語と日本語を混在させ悪口がわからないようにした会話…
そして、人を馬や牛にする発言…
まさに『カリブ愛のシンフォニー』の聖子ちゃんへのオマージュ…
想定外の話を聞かされて混乱したオカモトは、作戦会議をするためにチバを連れて一旦病室から出ようとする。
退席する前にオカモトは、あのお菓子がもっと欲しいかとパイに尋ねた。
するとパイは、英語と日本語を織り交ぜた冗談を言う。
「イエス、それは道」と…
えっ? パイは日本語を理解してたの?
別に驚くことではない。
パイは円周率を何万桁も暗記するほどの天才だよ。
貨物船には多くの日本人が乗っていたから、日本語の会話をたくさん聴いていたはずだし、暇だから日本人と話もしていただろう。当然「日本語を教えてよ」となるはずだ。
そして漂流している間、唯一の読み物は「遭難時のサバイバル・ガイドブック」だった。
英語と日本語で書かれていたから、日本語の構造を理解するには持って来いだよね。
なるほど。言われてみれば確かにそうだわ…
あんなに天才なんだから、短期間で日本語を理解するくらい朝飯前…
だけど、このインタビューでパイが唯一口にした「英語と日本語を織り交ぜた発言」は、スルーされてしまう。
チバが興奮してオカモトに文句を言ったから。もちろん日本語で。
「もう何枚あげたと思ってるんですか!ほとんど残っていません!しかも彼は食べずにシーツの下に隠している!」
うまいわね、ヤン・マーテル。
Yann Martel
だけど、そんなに珍しいお菓子だったのでしょうか?
フランス領インドで育ったパイなら、いろんなクッキーを食べたでしょうに…
あそこまでパイが大喜びする意味がわかりません…
それにはちゃんと理由があるんだ。
理由?
廊下で作戦会議を終えたオカモトとチバが戻ってくると、パイはあのお菓子を食べていた。
そしてこんなことを言う。
「このクッキー、すっごく美味しいね。だけど食べるとすぐにボロボロ崩れちゃう。不思議だなあ。どうしてふっくらしてないの?」
これは「種無しパン」の喩えでしたよね。
マタイ、マルコ、ルカの三福音書における「最後の晩餐」は「過越し」の食事…
だからパンは除酵された「種無しパン」だった。
だけど『ヨハネによる福音書』だけは、過越しの前の夜…
だからパンは酵母入りで膨らんでいた。
僕も最初はそう思った。
だけど、そうじゃなかったんだ。
えっ? どういうこと?
日本人オカモトとチバが持ってきたお菓子…
フランス領インドで育ったパイが食いついたお菓子…
とても美味しいけど、食べているとボロボロと崩れてしまうお菓子…
それは…
「源氏パイ」だ。
は?
あれをボロボロこぼさず食べるにはコツがいる。
初めて食べるパイには無理だ。
確かにそうですが…
なぜ源氏パイ?
やれやれ。今どきの若いもんはこれだから困る
源氏パイは、モンドセレクションで金賞を6回も受賞し、最高金賞の栄誉にも輝いた、日本が誇る世界的銘菓じゃぞ。
モンドセレクションって…
ありがたがるのは日本人だけだと聞きましたが…
何をぬかすか!モンドセレクションはお菓子のオリンピック!
世界中から選りすぐりのお菓子が集まり、お菓子作り職人シップにのっとって、正々堂々と競い合うお菓子の聖なる祭典じゃ!
それはさすがに大袈裟では…
大袈裟でも何でもない。当時は参加するだけでも大変だったんだよ。
え?
源氏パイが初めてモンドセレクションに参加した当時、輸送方法が貨物船による船便しかなかったので、ヨーロッパの会場に到着するまで1か月近くかかった。
そして、パイ製法で作られている源氏パイは、わずかなショックでも破損してしまうため、長い船旅の途中で形が崩れてしまうのが悩みの種だった。
だからチーム三立製菓は、木箱の中にさらに木枠を作って二重構造にし、その中に丁重に梱包をした源氏パイを入れ、細心の注意をもって輸送したんだよ。
まるで大切な宝物を運ぶような感じで…
貨物船で日本からヨーロッパへ運ばれた源氏パイ…
そして貨物船でインドからアメリカへ運ばれるはずだったパイ…
だけどそれだけでパイの喜んだお菓子が源氏パイだとは…
鳩サブレーだったかもしれないじゃん…
「ハト」は必要ない。パイの話の中にキーワードとしてちゃんと出てくるから。
「パイの物語」を完成させるために必要なのは「源氏パイ」なんだ。
まさか「パイ」という名前は「源氏パイ」に関係するとか言わないわよね?
その「まさか」だ。
そんなオチ、あたしは納得できないわよ!
ここまで散々もったいぶっておいて、それはないわ!
ですよね。
たぶんあれは源氏パイじゃなくて、途中で買った安物のクッキー…
だから食べる時ボロボロに崩れるんです…
実は決定的な証拠が最後に出てくるんだ。
あのお菓子が「源氏パイ」であるという証拠が、最後のシーンで…
は?
そんなのあった?
それでは順を追って見ていこう。
パイと二人の日本人オカモトとチバによる問答を…