「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇⑬&読みたいことを、書けばいい。」(第239話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
ジョゼは九州へ自動車旅行などしていない…
すべて嘘だ…
そんな馬鹿な…
それではもう一度『ジョゼと虎と魚たち』の1ページ目を開いてほしい…
田辺聖子が仕掛けたトリックを、順を追って解説しよう…
1ページ目から?
そう、1ページ目から。
冒頭のセリフから嘘が始まっている。
ええっ?
冒頭のセリフって、これですよね?
恒夫が運転する車の窓から外を見てジョゼがあげる歓声…
「わっ。橋だあ」
「わっ。海だ」
そう。真っ赤な嘘だ。
真っ赤な嘘?
♬どんなに男が偉くても~♬
♬女の乳房にゃ敵わない~♬
♬真赤な~ウソ!♬
んもう。いちいち歌わなくていいから…
明石家さんまの歌なんて関係ないでしょ。
関係なくはないわよね。
『ジョゼと虎と魚たち』にも…
そして『ライフ・オブ・パイ』にも…
え?
さすがじゃな。ようわかっとる。
うふふ(笑)
どういうこと? いったい何の話をしてるの?
「橋」は真っ赤な嘘なんだ。
ジョゼが見た「海」には「橋」なんて存在しないのに、ジョゼは「橋が見える」と嘘をついたんだよ。
は?
でも物語の後半で、橋を渡る描写がありますが…
九州にある橋を…
そうよ。「九州の果ての多島海にある橋を渡った」と言ってたわ。
確かに「九州の果ての多島海にある橋を渡った」ことは事実だ。
だけど、その「橋」は存在しない。
ちょっと待ってよ。
さっきは「ジョゼは九州へ行っていない」って言ったじゃん。
ジョゼは「九州」には行っとらん。
最初から「九州」に居ったんじゃ。
は? 最初から九州に居た?
ジョゼたちが住んでいたのは大阪近郊の町でしょ?
そうだよ。ジョゼたちが住んでいたのは大阪近郊の町。
大阪近郊の町に住んでいるのに最初から九州に居た?
九州の果ての多島海にある橋を渡ったけど、その橋は存在しない?
もう!わけわかめもいいところよ!
何も不思議なことはない。
稀代のストーリーテラーにして、嘘つきの天才、田辺聖子の話術が神がかっているだけのこと。
「ライフ・オブ・パイのパイは源氏パイ」以上に意味が分かりません。
いったいこれはどういうことなのでしょうか?
「わっ。橋だあ」「わっ。海だ」の続きを読めばわかること。
続き?
車の窓を開けながら走っていたので、ジョゼは強風をモロに受けて呼吸困難に陥りそうになった。
そしてジョゼが呼吸困難に陥りやすい理由として、彼女の下肢の障害が説明される。
しかしジョゼの下肢が麻痺していることは、医師の間でも意見が分かれる奇妙な症状だったと田辺聖子は語る。
それが何か?
なぜ田辺聖子は、冒頭で「強風と下肢」の話をしたのか…
なぜこの2つを関連付けて語る必要があったのか…
おかしいと思わないかい?
そんなの考え過ぎよ。たまたまでしょ。
天才は無意味なことはしない。すべてのことには意図がある。
意図?
『ジョゼと虎と魚たち』の冒頭で…
「強風と下肢」が関連付けて語られるのは…
この文字を想起させるため…
おろし?
「風」と下肢の「下」で「颪」を表現したということですか?
そう。田辺聖子はこう言いたかったんだ。
下肢が麻痺したジョゼに吹き付ける強風は「颪」である、と。
だから何なの?
「おろし」と言えば?
大根?
風の「おろし」だよ。
六甲おろし?
その通り。「おろし」といえば「六甲おろし」だ。
そして「おろし」と聞けば誰もが、2020年のNHK朝の連続テレビ小説『エール』の主人公 古関裕而によるこの名曲を思い浮かべるだろう。
言わずと知れた、阪神タイガースの応援歌だね。
つまり、冒頭でジョゼたちが車で走っていた場所は…
「六甲おろしの吹く地域」ということなのですか?
そういうことだ。
でも小説の後半では九州だと…
海と橋が見えたのは、九州の果ての多島海にある島へ渡る手前のことだと…
その通り。だから「六甲おろし」が吹いていたんだよ。
は?
「九州の果ての多島海にある島へ渡る手前」って何処のことだと思ってる?
え? 九州の天草諸島に渡る手前だから…
熊本と八代の間にある宇土半島でしょ?
その「九州」じゃないんだよ、田辺聖子が言っているのは…
その九州じゃない? じゃあ、どの九州なのよ?
山州、和州、摂州、河州、泉州、紀州、丹州、但州、そして播州…
ちょうど9つの州ね。
へ?
「九州」とは、今の「京都府・大阪府・奈良県・兵庫県」のこと…
そして、その果てにある「多島海」とは「瀬戸内海」のこと…
冒頭シーンでジョゼたちが走っていたのは、六甲おろしが吹く摂州から播州にかけてのエリア…
おそらく兵庫県の神戸市、須磨区あたりだろう…
ええっ!?
なんと…
嘘よ… こんなの嘘よ!
僕は嘘などつかない。
嘘をついたのはジョゼ、田辺聖子だ。
しかも思いっきりバレバレの嘘。
もしこれが推理小説なら、あの時点でアリバイが崩れて、ジ・エンド(笑)
そんな嘘ついてましたっけ?
ジョゼはこう言った。
自分は25年の人生で、海を見るのが二度目だと…
だからあれほど感動したんだと…
おかしいと思わない?
おかしくないわよ。
ジョゼは子供の頃からずっと引き籠りで、ほとんど何処にも行ったことがなかったんだから。
だけど、もしも冒頭シーンが本当に熊本の天草諸島だとしたら…
成立しないよね、そのアリバイは。
なぜ?
だって、自動車旅行なんだよ。
そこまで行く途中に海を見なかったなんてことはありえないんだ。
どんなに海の見えない山間部を走ったとしても、「関門海峡」を通らずに九州へ行くことはできない…
ああっ!確かに!
ね、寝てただけなのよ…
関門海峡を渡る時、ジョゼは疲れて寝ちゃってて…
海が見えそうな他の場所でも?
そ、そうよ。
はしゃぎ過ぎたから、ジョゼは途中ほとんど寝ちゃってたの…
もしくは、ずっと夜のドライブだったとか…
恒夫が徹夜で運転してたとか…
まあ、その可能性もゼロではない。
では、「海」同様に感動した「橋」はどうだろう?
ジョゼは、その多島海に架かる「橋」を、こんなふうに説明している。
島と本土は「赤い長大な橋」でつながっている
橋は「あやとりの糸」のように見える
「橋と島」は「赤い糸とヨーヨー」みたいに見える
橋梁は目も眩むほど高く、とてつもなく威圧感があり、海面は遥か下に見えた
渡るにはかなりの時間を要する
そういう凄い橋があるんでしょ? 天草諸島には…
ふ、深代ママ… これを見てください…
何?
九州本土から天草諸島へ渡る「橋」です…
なにこれ?
地味… 普通じゃん…
しかも「赤い橋」ではありません…
その通り。
ちなみに、天草には他にも大きめの橋が4つ架かっているが、そのいずれも該当しない…
長くても500メートル程度だし、目もくらむような高さで威圧感のある「赤い橋」なんて、ここには存在しないんだ…
じゃあ、やっぱり九州には来ていないってこと?
そう。九州は九州でも「関西の九州」の中を移動していた。
六甲おろしに吹かれながら。
しかしなぜあんな嘘を?
橋は巨大で「あやとりの糸」みたいとか…
橋と島は「赤い糸とヨーヨー」に見えるとか…
関西にも無いでしょう、そんな橋は…
そう。そんな橋は存在しない。
「まだ」ね…
まだ?
つづく
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