「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇⑭&読みたいことを、書けばいい。」(第240話)
前回はコチラ
2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
え? 矢が立った石のトラが話しかけてきた?
君の頭の中に直接?
そう。気になったんだろうね。
僕の頭がぐるぐるしてたから。渦潮みたいに。
ぐるぐる? うず潮?
混乱してたってこと。
トラは僕を正しい道へ導いてくれたんだよ。僕の頭の中に橋を架けて…
ああ、そういうことか。
サイモン&ガーファンクルのこの歌みたいに、ってことね。
『Bridge Over Troubled Water』
アハ! 素敵な歌だよね、これ。
で、トラは君にどんなことを教えてくれたの?
あれを聴いた時、僕、本当にビックリしちゃった。
「カンザスシティ」って何州にあるか知ってる?
え? カンザスシティ?
カンザス州でしょ?
半分カンザス州で、半分ミズーリ州なんだよね。
てゆうか、普通「カンザスシティ」と言えば、ミズーリ州側のほうを指す。
そうだったの? 知らなかったわ。
サンマで有名な目黒駅が目黒区じゃなくて品川区みたいなもんだね。
そして品川駅は品川区じゃなくて港区で、それじゃあ港区にサンマはいるかと思ったら千代田区だったみたいな。
さんま?
世の中はヤヤコシイってこと。
僕はいろんなことを誤解してた。間違って覚えてたんだ。
「ねずみ園」のことも。
ネズミ園? ディズニーランドのこと?
僕ね、ずっと不思議に思ってたんだ。
「ねずみ園」なのに、なぜ「トラの聖地」なんだろうって…
「ねずみ園」で働く人たちは「Mouses」のはずなのに、なぜ「Tigers」なんだろうって…
ネズミの複数形は「mouses」じゃなくて「mice」よ。
それに「オノゴロ」のことも。
おのごろ?
まさか橋の上から作っていたとはね。
あれは割りと最近できた橋だと思ってたのに。
橋?
そう。赤い橋。
あやとりの糸みたいで、もっと上から見るとヨーヨーの紐みたいな赤い橋。
あやとり?ヨーヨー?
いったい何のことを言ってるの?
それにしても本当にビックリしたな。
あのトラがぜんぶ教えてくれたみたいなものだもん。
迷える子羊である僕を正しき道へ導いてくれたんだ。
トイレから現れて見つめ合った時は、食べられちゃうかと思ったけどね(笑)
黄金色の男トーリ、その第二形態であるトラ…
君の脳内にも直接語りかけてくるなんて…
いったい彼は何者なの?
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
ジョゼと恒夫は、九州は九州でも「関西の九州」の中を移動していた。
六甲おろしに吹かれながら。
しかしなぜあんな嘘を?
いったい田辺聖子は何を考えていたのでしょう?
長大で「あやとりの糸」みたいな赤い橋だとか…
橋と島は「赤い糸とヨーヨー」に見えるとか…
関西にも無いでしょう、そんな橋は…
そう。そんな橋は存在しない。
「まだ」ね…
まだ?
そう。まだ…
ねえ、岡江クン…
さっきからずっと石のトラの方をチラチラ見てるけど、いったい何を気にしてるの?
語りかけてくるんだよ…
あのトラが、僕の頭の中に直接…
は?
深読みの海で迷いそうになると、聴こえてくるんだ、トラの言葉が…
僕を正しき道へと導くように…
ア・バオア・クーでのララアとかカツ・レツ・キッカみたいに?
というより、難波の海の澪標(みおつくし)ですね。
矢が立った石のトラが、人の脳内に直接語りかける…
まさか、そんなことが…
ありえる。奴ならありえる…
うふふ。彼、詳しいから。関西方面のこと(笑)
ええ、そのようです…
かなり土地勘があるようで…
だってヒロノブさんは大阪出身。
伊丹空港がある兵庫・伊丹の隣の町、大阪・豊中市の…
伊丹空港は半分が伊丹市で半分が豊中市。
だから大阪空港とも呼ぶ。
そうなんだ。東京ディズニーランドみたいなものね。
100%千葉県なのに東京を名乗るディズニーランドと一緒にしちゃいけないよ。
ごめん…
それに彼は、ヒロノブさんではない。
え?
ヒロノブさんにそっくりだけど、彼はヒロノブさんではない。
おそらく本物のヒロノブさんは、どこか別のところにいる…
偽物ってこと? いったいどういうことなの?
わからない…
ただ、LIMBOの中に現れたり、僕の脳内に直接語りかけたり、彼が僕に何かを伝えようとしていることだけは確か…
そんなに何かを伝えたいんなら、岡江クンに伝えないで自分の口で言えばいいのに。
僕に何らかの役割をさせようとしているんだと思う…
その目的のために、僕を踊らせて…
うふふ。夢物語はそれくらいにして、『ジョゼと虎と魚たち』の話をしましょ。
あの「橋」の、おはなし(笑)
そうでした!
ジョゼたちが見た、あの大きな「赤い橋」とは?
なぜ田辺聖子は、存在しない橋を登場させたのでしょう?
しかも「まだ存在していなかった橋」って、どういう意味?
今は存在しているってこと?
六甲おろしが吹く場所で見えた、本土と多島海の島をつなぐ長い橋…
そんな橋は1つしかない…
明石海峡大橋だ。
明石海峡大橋? 淡路島へ渡る橋?
『ジョゼと虎と魚たち』が月刊カドカワで発表されたのは1984年6月…
そして書籍化されたのは翌年、1985年の3月…
だけど明石海峡大橋は、この時まだ存在しなかった…
計画はずっと前からあったけど、建設方法をめぐって大混乱に陥っていたのよね…
ようやく橋の建設が始まるのは、1986年のこと…
1984年10月 - 明石・鳴門架橋促進議員連盟(原健三郎会長)が、政府に対し明石海峡大橋を道路単独橋として早期着工するよう求めた要望を決議。
1985年8月 - 国土庁長官、運輸大臣、建設大臣により、明石海峡大橋を道路単独橋とする方針が合意。
1985年12月 - 明石海峡大橋の事業化が決定。
1986年4月26日 - 起工式。
(Wikipedia「明石海峡大橋」より)
しかしなぜ田辺聖子は「存在しない橋」を物語に出したのでしょう?
その理由は3つある。
3つ?
1つは、そもそも明石海峡大橋が、そういう橋だったから…
「存在しなかった頃に存在していた橋」なんだよね。
は? 明石海峡大橋はオーパーツなの?
歌川国芳の「東京スカイツリー」みたいなものでしょうか?
『東都三ツ股の図』歌川国芳
そんなもんじゃない。もっと大昔だ…
江戸時代じゃないとしたら、鎌倉時代とか平安時代とか?
もっともっと大昔だよ…
まだ世界が誕生したばかりで、混沌とした大きな海だった頃…
男女の神イザナキとイザナミは、海の上に架かる大きな橋「天の浮橋」から、矛で海をぐるぐるかき回した…
そして矛を持ち上げると、先端からポトポト落ちた海水が固まって、それが小さな島「オノゴロ」になった…
オノゴロに降り立ったイザナキとイザナミは、そこで夫婦の営みを行いまくり、まず淡路島を産んだ…
明石海峡大橋は、日本創世神話に描かれる「天の浮橋」ってこと?
イザナギとイザナミがヤリまくった島「オノゴロ」は、明石海峡大橋のすぐそばにある「絵島」だと言われている。
確かにジョゼと恒夫も、ヤリまくってましたね…
そして2つめの理由…
それは、さっき説明したように、明石海峡大橋の先にある淡路島が、創世神話「国産み」で一番最初に生まれた島だったから…
つまり、淡路島が「世界の始まりの地」であったから…
「エデンの園」みたいな場所ってこと?
そういうこと。
そして3つめの理由…
あっ!
何よ、急に大きな声出して。
明石海峡大橋は赤くありません!
「長大で渡るのに難儀する」「目もくらむような高さと威圧感」「あやとりの糸みたいな形」は合ってますが…
「赤い橋」ではありません!
ホントだ!赤くないじゃん!
そんなことはない。明石海峡大橋は「赤い橋」だよ。
バナナは水に浮きましたが、明石海峡大橋は赤くはなりません!
うふふ。
「明石」は「赤し」…
は?
「赤裸々に明かす」と言うでしょ?
なぜ「赤」なのかわかる?
裸だと恥ずかしくて赤くなるから?
人前で素っ裸でも、ぜんぜん恥ずかしがることもなく、赤くもならなかった人、いたわよね?
てゆうか、昔は裸を恥ずかしいなんて、誰も思わなかった…
えっ?
「赤」という言葉には「包み隠さず、真実をありのままに明かす」という意味がある。
「明石の橋」とは「明かしの橋」であり「赤しの橋」…
だから田辺聖子は「赤い橋」と呼んだんだよ。
なんと…
明石家さんまの『真赤なウソ」もそう。
「包み隠さず、真実のように嘘を並べる」という意味だから(笑)
「赤」の件はわかったわ。
だけど「橋と島」の関係は?
「橋と島」は「赤い糸とヨーヨー」みたいに見えるって…
淡路島は全然「ヨーヨー」に似ていないわ。
「ヨーヨー」とは「ヨハネ」のことなんだ。
福音記者ヨハネのこと…
『John the Evangelist』
ピーテル・パウル・ルーベンス
は?
田辺聖子はまずジョゼたちに、新しい「高速道路」を走らせた。
これは『ヨハネによる福音書』第1章の、この言葉を再現したもの。
ヨハネ 1:23
彼は言った、「わたしは、預言者イザヤが言ったように、『主の道をまっすぐにせよと荒野で呼ばわる者の声』である」
そして次に「おしっこ」の話をした。
これも洗礼者ヨハネの言葉の続き…
1:26
ヨハネは彼らに答えて言った、「わたしは水でバプテスマを授けるが、あなたがたの知らないかたが、あなたがたの中に立っておられる」
これをヤン・マーテルは『ライフ・オブ・パイ』で再現した…
そして、続く言葉がこれ…
これが「赤糸で括られたヨーヨーみたい」の答えだ…
1:27
「それがわたしのあとにおいでになる方であって、わたしはその人のくつのひもを解く値うちもない」
くつのひも?
そう。
福音記者ヨハネによると、洗礼者ヨハネはイエスの偉大さを尋ねられ「靴のひも」の喩えで答えた。
それを田辺聖子は「明石海峡大橋で括られた淡路島」に置き換え、「赤糸で括られたヨーヨー」と表現した。
なぜ「靴とひも」が「淡路島と明石海峡大橋」なのですか?
それは一目瞭然…
どこからどう見ても「靴とひも」だろう…
げえっ!
なんてことなの…
靴にそっくりなのはイタリア半島だけじゃないのよ…
淡路島も負けないくらい靴にそっくり…
どちらも「食の国」ですし…
そして、長い旅の「最終地点」でもあります…
「Inevitably…」
いなびたぶり?
は? しなびたブリ?
「しなびた」じゃなくて「いなびたぶり」よ。
何を言ってるんですか?
何を言ってるって、さっき言ったでしょ?
「いなびたぶり」って…
私は言ってませんよ。
じゃあ、月夜さん? それともジョー?
わしは言うとらん。
私も何も…
じゃあ誰なの? さっき「いなびたぶり」って言ったのは…
深代ママの空耳では?
そんなはずないって。確かに聞こえたわ…
ねえ、岡江クンも聞こえたでしょ?
・・・・・
うふふ…
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?