「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇⑯&読みたいことを、書けばいい。」(第242話)
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2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
あのトラが…
また僕の脳内に澪標(みおつくし)をしてくれた…
みおつくし? またですか?
うふふ。
深読み探偵さんは、油断するとすぐに…
深読みの海で難破してしまうから…
ヒロノブさん… いや、トーリ…
あなたは、いったい…
トラが語りかけてくる?
もしかして、あの「いねびたぶり」もトラの声だったとか?
そう。トラは「inevitably」と言った。
聞き慣れない単語ね。どういう意味?
すべては「必定である」という意味です…
必定?「お約束」ってこと?
それにしても、なぜ深代ママには聴こえたのでしょう?
私にはちっとも聞こえなかったのに。
失礼しちゃうわね。あたしを誰だと思ってるの?
あたしは深読み界の世界的権威 坂本博士の愛娘よ。
今はこうしてスナックのママをやってるけど、若かった頃は父の教え子たちから「深読み界のプリンセス」って呼ばれてたんだから。
あっ、そうでした。すみません…
・・・・・
・・・・・
だけど、いったい何が「inevitably」なんだろう?
チェキラ!
お言葉ですが…
彼女の名前は「チェキラ」ではなく「シャキーラ」です。
それぐらいわかっとるわい。
まったく毎度毎度しょーもないツッコミしくさりおって。
そこまでドヤ顔するのなら、おぬし、シャキーラの名言を知っとるか?
知ってますよ。
「チチは無いけどシリはある」です。
その通り。
彼女はチチがないことがコンプレックスじゃった…
しかしそれをシリで見事に乗り越えたのじゃ…
こんなふうに…
それにしても、すごい乗り越え方ですよね…
まるで秘孔を突くかのように人差し指で乳を突き、あの巨乳女を倒すなんて…
なんだか昔のクレヨンしんちゃん映画のワンシーンみたい…
私も貧乳だから、こんな夢を見る気持ちはわかりますが…
チチに囚われてはならぬ…
チチなど幻想じゃ…
え?
チチが偉大なのではない…
本当に偉大なのはシリ、つまり己が誰なのかを知るということ…
ミケランジェロの絵『アダムの想像』、いや『アダムの創造』にも通じるテーマじゃな。
・・・・・
乳とか尻とか、いったい何の話をしてるの?
うふふ。さあ、話を進めましょ。
たぶん「甲子園を語れ」ってトラは言ったんでしょ?
よろしく、深読み探偵さん。
はい…
甲子園? もう語ったじゃん。
それじゃあ聞くけど、なぜ「甲子園」という名前なのか知ってる?
甲子園という名前?
現代の甲(かぶと)とも言えるヘルメットを被った球児たちが戦う聖なる園だから?
それはそれで面白いけど違う。
えーと…
じゃあ、ライバルの後楽園をパクった?
違う。
じゃあ、なんばの花月園にあやかって?
花月園は大阪ではなく横浜。
甲子園は、1924年、甲子の年にオープンしたから甲子園と名付けられた。
縁起を担いで。
甲子の年? 縁起?
甲は甲乙の甲、子は「子(ねずみ)年」の子。
それじゃあ、なぜ「タイガース」なの?
は?
「甲子園」の「子」は「ねずみ」なんでしょ?
それなら、そこのチームは「タイガース」じゃなくて「マウセス」よ。
「阪神TIGERS」じゃなくて「阪神MOUSES」。
はんしんマウセス?
何だかピンと来ない名前だなあ…
『ライフ・オブ・パイ』でも、ネズミはトラに瞬殺されてましたし…
それにネズミがマスコットなんてイマイチ…
ディズニーランドに失礼でしょ。
うふふ。
ちなみに「mouse」の複数形は「mouses」じゃなくて「mice」(笑)
阪神電鉄の野球チームに「タイガース」という名が付けられたことには2つの説がある。
1つは、アメリカ大リーグの「デトロイト・タイガース」にあやかったというもの。
もう1つは、阪神電鉄の創業者 外山脩造にあやかったというもの。
とやましゅうぞう?
外山は子供の頃に「トラ」と呼ばれていた。
トラ?
初代日銀大阪支店長に就任し、後に阪神電鉄を創業した外山脩造は、元々越後長岡藩士で、その幼名を「寅太」といった。
都市型電気鉄道やビールの大量生産など、先進的なアメリカ文化を日本に導入し続け、近代における大阪経済の礎を築いた外山は、ベースボールにも関心をもっていたという。
残念ながら甲子園球場も大阪球団も見ることなくこの世を去ってしまったんだけど、そんな外山の功績を称えるため、彼の幼名「寅太」から球団名を「タイガース」にしたとも言われている…
そうなんだ。知らなかったわ。
ちなみに「寅」という字の意味を知っとるか?
寅さんの寅の字? 虎を昔はそう書いたとか?
「両手で弓矢を押し広げ、弓と弦によって作られる空間の直径を延ばす」
という意味じゃ。
それじゃあ、さっきは「寅」のポーズで「虎」を射ったってこと?
やれやれ。説明せんと何も伝わらんのじゃな。わしの高度なパフォーマンスの意味が。
ちなみに言うとくが、「寅」に「さんずい」をつけたものが「演」じゃ。
広がった弓の直径のように「遠いところまで流される」という意味で。そこから「まるで水が流れるように物事を説明する」という意味になった。
「寅と水」で、遠いところまで流される…
そして、水が流れるように物事を説明する…
まるでパイのことみたい…
うふふ。もう、そうとしか思えない(笑)
ところで、教官が先程言った「甲子の年は縁起がいい」というのは、どういう意味なのでしょうか?
「甲子」とは「新たな始まり」を意味する。
古来から甲子の年は「新しい世界が始まる」とされ、何かモノゴトを始めるには縁起のよい年とされていた。
なぜ「甲子」が「新しい世界の始まり」なので?
古代中国の十進法である「甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸」の十干…
そして十二進法である「子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥」の十二支…
この十干と十二支を組み合わせものを「干支」と呼び、古来から六十年周期で世の中が一新されると考えられたんだよね。
この干支思想において「甲子」は最初の年、新しい世界が始まる年にあたる。
つまり「甲子」は始原の年、「Beginning」なんだ。
なんだかモーセ五書の『創世記』っぽいですね…
ヘブライ語では「ベレシート」、そしてギリシャ語では「ゲネシス」…
どちらも「In the Beginning(はじめに)」という意味ですし…
甲子園は新世界だったの?
そう。甲子の年には、まさに「通天」が起こる。
天上世界に住む神の代理として、地上世界に「天子」が現われるんだ。
天使?
「天の子」と書いて「てんし」。
天の命を受けて地上に現れ、世界に隈なく光を当て、すべての人を正しき道へと導く「天子」がね…
それって…
まるで救世主イエス・キリストみたいだよね。
「甲子」といえば、三国志にも描かれる黄巾の乱では、黄巾党がこんなスローガンを掲げていました…
「蒼天已死 黄夫當立 歳在甲子 天下大吉」
そして各地の家々の門戸に「甲子」の文字を書いて回ったと…
青空はすでになくなった…
今こそ黄色の男よ…
立ち上がるべきだ…
出典 横山光輝「三国志」1巻55頁(潮出版社)
あおいそら?
チェキラ!
https://www.youtube.com/watch?…
しなくていいです!
食いつくところは、そこじゃないでしょう!
「黄色い男」ですよ!
あ、そっか。黄色い男ね…
つまりヒロノブさんは黄巾党だったってこと?
言ったはずだ。彼はヒロノブさんではない。
それに今は、虎の姿…
ヒロノブさんではない… そして今はトラの姿…
ということは…
寅泰?
確かに白黒模様ですが…
んもう。何が何だかわかんない。
いったい何が言いたいわけ?
なんでトラは「甲子園を語れ」なんて言ったの?
方位だよ。
甲子園の「子」も、タイガースの「寅」も、方位の中にある。
は?
そして、十二支と同じように方位を表すものには「八卦」がある。
乾坤一擲という四字熟語でもお馴染みの「乾・兌・離・震・巽・坎・艮・坤」だ。
急に占いの話なんて始めて、いったい何を?
二十四山だよ。
にじゅうしざん? 風水とかに出てくる方位のことですか?
その通り。
十二支と十干、そして八卦を組み合わせたもの。それが「二十四山」だ。
何だか、丸い分度器みたい。
二十四山と分度器がセットになったお得アイテムもあるぞ。
地球儀を上から見た図にも似てますね。
うふふ(笑)
何がおかしいのですか?
二十四山は、円を二十四分割、つまり「15度ずつ」にしたもの…
そして、この地球儀みたいに経線で地球を二十四分割、つまり「15度ずつ」にしたものが…
標準時間帯、タイムゾーン…
うぉおーおお、うぉおーおお。
イッツ・ア・タイムゾーン!
何の歌ですか?
まったく今時の若いもんは…
セイコーじゃ。
聖子?
二十四山はタイムゾーンにそっくり…
おそらくヤン・マーテルは、東洋の方位盤を見て、そう思ったはずだ…
そして、それを応用して、パイの到着場所を選んだ…
パイの到着場所を?
いったいどんなふうにですか?
トラと一緒に太平洋を漂流したパイが流れ着いたのは、メキシコの何というところだった?
「Tomatlan」です。
その通り。僕はずっとこの地名が気になっていた…
なぜヤン・マーテルは「トマットラン(トメトラン)」という「関西弁」みたいな地名の場所を選んだのか、と…
そしてなぜ、その場所まで二人の日本人をわざわざ車で長旅させる必要があったのかと…
だけど、ようやくその意図することがわかったんだ。
なぜなのですか?
パイとトラが流れ着いた「トマットラン」には…
西経105度線が走っている…
西経105度線?
メキシコや北米西部の標準時間「UTC-7」の基準となる子午線だよ。
トマットランは標準時子午線の町だったんですか?
その通り。
そしてパイの「船旅」は、インドからメキシコまで、ほぼ赤道上を移動するものだった。
そのインドには東経75度線(UTC+5)が走っている。
だから何なの?
トマットランの西経105度線と、インドの東経75度線…
この両者を北極から見ると、こんなふうになる…
なんと…
一直線に繋がってるじゃん!
円周わる直径は「π」…
うふふ。確かにそうね。
パイは、この線を直径とする円の円周上を、ちょうど半周した…
そして、その間にいったい何があったのかを確かめるため、二人の日本人がやって来た…
ロサンゼルスからトマットラン、ちょうど標準時子午線を1つ分移動して…
標準時子午線1つぶん?
Los Angeles近郊には、北米「太平洋標準時」の基準となる西経120度線(UTC-8)が走ってるのよ。
オカモトとチバは、わざわざ自動車で、標準時子午線を「きっちり1つ分」ドライブしてきたの。
パイのインドからメキシコまでの船旅といい…
二人の日本人によるロサンゼルスからの自動車移動といい…
いったい何なんですか、この標準時子午線アピールは?
その答えも、田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』の中にある。
また? 結局ぜんぶ田辺聖子なの?
そう。やはり『ライフ・オブ・パイ』は「田辺聖子」なんだよ。
田辺聖子の中にすべての答えがあったんだ。
信じられません…
それでは解き明かすとしよう。
「パイ」という名前に隠された真実を…
つづく
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