「深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)完結篇⑤&読みたいことを、書けばいい。」(第231話)
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2020年 ✕月✕日
南の島
とある施設の中
あの男が乗っていたの? 乳母車に?
そうだよ。かわいい赤ちゃんだった。まるで桃みたいな。
不思議な夢ね…
そして僕、オシッコかけられちゃったんだ。顔面に(笑)
おしっこを? 顔に?
だけどね、赤ちゃんのオシッコって、ぜんぜん臭くないんだ。
知ってた?
ええ。うんちも大人みたいな臭いはしないわよね。
そう。ほんのり甘い匂いがする。ココナッツミルクみたいな。
それからどうなったの?
そしたらね、僕の目の前に、おいしそうな明石焼きが出てきたんだ。
あかしやき? アカシヤの木のこと?
ぜんぜん違うって。
丸くて、やわらかくて、あったかくて、ほのかに甘い匂いがして、何だかとっても懐かしくて、それを口に含んだらトロけるような幸福感に包まれるものだよ。
うーん。何かしら?
「丸い」って言ってもボールみたいな完全な球形じゃないからね。
プルンとしてて、伏せたお椀みたいな形で、それが並んでるの。
それって、もしかして…
女性の乳房のこと?
もう、なに想像してんだよ。エッチ(笑)
ごめんなさい。
その「あかしやき」が何なのか、ちょっとわからないわ。
そうだね。
それを見たり聞いたりしたことのない人には、わからないかもしれない。
あとでググってみるといいよ。
うん。そうする。
で、そのあとどうなったの?
出てきた明石焼きをね、ひとつ口に入れて飲み込んだ瞬間、夢から醒めちゃったんだ。
まだたくさん残ってたのに…
あれはホントもったいないことしたなあ。
あらあら。それは残念。
だけど、そういうふうに肝心なところで終わっちゃう夢って、よくあるかも(笑)
だよね(笑)
それにしても、いろいろ発見があったなあ、あの夢には。
発見?
♬誰も知らない素顔の八代亜紀~♬ とか。
あの「カモン」のことね。
あなたの生まれた国では、ファミリーにそれぞれシンボルマークがあったんだっけ。
そう。ヨーロッパの紋章とかインディアンのトーテムみたいなもの。
服にも付けるんだ。胸のあたりや背中に。
ちなみに「やしろあき」というのは何なのかしら?
なぜ誰も「やしろあき」の素顔を知らないの?
それ、聞いちゃう?
え?
見ちゃいけないんだよ。絶対。
見ちゃいけない? どうして?
それを見たら、終わり。
すっごいバチがあたる。とっても恐ろしいバチが。
ばち? 天罰ってこと?
素顔の「やしろあき」を見た者は、この世に誰もいない…
そのベールを開いて内面を覗き見ようとした者は皆、命を落とした…
そ、そんなに恐ろしいの?「やしろあき」って…
うん。はっきり言ってトラみたいな存在。
外見の美しさに騙されちゃいけないよ…
その内側には、獰猛な牙が影を潜めているんだから…
信じられない… 誰ひとり素顔を見たことがないなんて…
実をいうと、ひとりだけいる…
「やしろあき」の素顔を「見た」者が…
えっ? それを見てしまったら命を落とすんじゃなかったの?
その男の名は、左右田という…
そうだ?
「左」と「右」と「田」で「そうだ」。
ずいぶんと変わった名前があるのね。
左右田はある時「そうだ!」とひらめいた。
直接見ることが禁じられていた「やしろあき」の素顔を見る方法を。
どんな方法だったと思う?
直接的に見てはいけないとしたら…
間接的に見たってこと?
そのとおり。左右田は「鏡」を使った。
そして鏡越しに「やしろあき」の素顔を見た。
で、どうだったの?
鏡に映った「やしろあき」の素顔は、いったいどんな風だったの?
左右反対に決まってるでしょ。
は?
「左右田」の「左」と「右」を反対にすると?
「そうだ」の「そ」と「う」を反対?
うそだ?
やーい!引っかかったー!
あっ…
んもう。私を担いだのね。
えへへ。
2019年9月20日 朝
スナックふかよみ
『ライフ・オブ・パイ』の主人公の名前が「パイ」である本当の理由って何なの?
というか、なぜ明石焼きとパイの名前が関係するのでしょうか?
同じように小麦粉を使った食べ物だから?
それでは話そうか。嘘のような本当の話を…
なぜ太平洋をトラと漂流した男の名前が「パイ」だったのか…
なぜ彼は「円周率」でなければならなかったのか…
その前に…
念のため、あらすじを確認しておきましょ。
『LIFE OF PI』
『ライフ・オブ・パイ』という物語は、ヤン・マーテルの小説版と、アン・リーによる映画版で、若干内容が異なっていた。
Yann Martel & Ang Lee
小説版は、物語全体が「ライターのヤンが書いた本」という形になっている。
ヤンが自分の目で見たパイの姿、パイの置かれていた環境、パイから聞いた話、そして事故当時調査にあたった日本人の証言を交え、それをルポルタージュ、ノンフィクション作品にしたものが本書である、という設定。
いっぽう映画版の方は、すべて1日の出来事として描かれる。
パイと面会したライターのヤンが、一緒にランチを食べ、近所を散歩をしたりしながら、2つのストーリーを聴くという形。
小説版は「インド編」「太平洋漂流編」「メキシコ編」の3部構成になっていました。
そして映画版は、漂流までは原作とほぼ同じ内容でしたが、日本人調査員が主役となる第3部が大きく変更されました。
物語は、悩める作家ヤンがインドの茶屋でママジと呼ばれる老人と出会い、「パイという男に会いに行け」と言われたことから始まる。
パイは信じ難い体験をした人物で、彼の語る話はまさに「神を信じるようになる物語」だと。
そしてヤンはカナダにあるパイの自宅を訪問し、パイの口からその数奇な人生の物語を聞かされる。
冒頭は『創世記』を再現したストーリーでしたね。
そしてライターの名前「Yann」とは、英語でいうと「John」、つまり福音記者ヨハネのことでした。
『John the Evangelist』
ピーテル・パウル・ルーベンス
その通り。
パイが語る半生は、基本的に「モーセ五書」をベースにしたもの。
まず闇の中に光が現われ、世界が形成され、生き物が生まれ、地上に楽園が作られる。
それがパイの実家である「元植物園の動物園」だ。
トラブルが起こり、一家で動物園を追われることになるのは「失楽園」ね…
そして、パイの彼女アーナンディは…
義人ロトの妻…
そうなんですか?
だから後に彼女は「人型の島」になった。
全体が「生命を持続させるために必須な栄養源」になっている島に…
あっ、塩!
その通り。
ロトの妻は「塩の柱」になった。「決して後ろを振り返るな」という約束を破ってしまったために…
空を覆う厚い雲と黒煙は、パイを襲ったあの大嵐だ…
パイは、捨て去ったはずの過去を、振り返ってしまったんだね…
だからパイの中でアーナンディーが「人型の島」になってしまったわけだ。
だけどこの島のお陰で、パイは命を長らえた…
なぜなら「塩は良いもの」だから…
ですね。罰であったはずの塩が「めぐみ」に転換されたわけです。
どういうこと?
この物語のポイントは、パイの語る半生が旧約の「モーセ五書」になっているところだった。
そして「モーセ五書」を語るということは、そのまま「イエスの物語」、つまり新約を語ることに等しい。
なぜならモーセは、5つの預言書を通じて、イエス・キリストのことを書いたのだから…
四福音書のひとつ『ヨハネによる福音書』とは、この点に重きを置いたもので、書全体が「モーセ五書」のダイジェストにもなっている。
『ライフ・オブ・パイ』もこれを下敷きにしていた。
だから「トラ」と旅したわけじゃな。
「会見の幕屋」を模した救命ボートの幌の中に隠れていたリチャード・パーカーという名のトラと…
は?
この物語における「トラ」とは…
「創造主・神」であると同時に「トーラー」のことでもある…
偉大なる主の業績を綴った「モーセ五書」は、通常「トーラー」と呼ばれるからね…
トラとトーラーの駄洒落?
まさか…
そんなこと、ありえないでしょ…
それが「ありえる」んだな。
現に、このネタで小説を書いた人がいる。
誰?
田辺聖子だよ。
マジで!?
田辺聖子とトラといえば…
まさか『ジョゼと虎と魚たち』とか?
その「まさか」だ。
1984年に発表された短編小説『ジョゼと虎と魚たち』の「虎」は…
人々に畏れられる存在、つまり「トーラー」に描かれる神の投影。
じゃあ主人公ジョゼはイエスってこと?
実は「ジョゼ」は「如是」と書く。
「如是」とは「はい、その通りです」という意味。
「AMEN」や「YES」と同じだ。
では「魚たち」とは?
復活後のガリラヤの海で獲れた大量の魚?
小説のラストを考えると、こっちだろうね。
『ヨハネによる福音書』第1章の最終節で登場が預言される「御使たち」…
ヨハネ 1:51
また言われた、「よくよくあなたがたに言っておく。天が開けて、神の御使たちが人の子の上に上り下りするのを、あなたがたは見るであろう」
なるほど… 確かにそれっぽい…
だからジョゼは車椅子で急な坂道を滑り落ちて行ったんだよ…
背後から何者かの「手」で押されてね…
そして坂の下で、イケメンの青年が車椅子を正面から体を張って止め、その衝撃で彼は後ろに吹っ飛ばされる…
は?
この一連の流れ、何のことかわかるよね?
何のこと、とは?
これだよ。
毎度お馴染みの、フラ・アンジェリコ…
『Annunciation』
Fra Angelico
ま、また『受胎告知』昼バージョンですか!?
全部そろってるでしょ?
何者かの「手」に背後から押され…
急な坂道を滑り落ちて行く…
極端に足が細いジョゼ…
あっ… 確かにハトは足が極端に細い…
車椅子は「椅子」と「2つの輪」で出来ている…
そしてイケメンの青年が現れ、処女が乗った車椅子と正面から激突し…
その衝撃で、後ろに吹き飛ばされる…
なんてことなの…
天使ガブリエルと処女マリアが互いに胸に手を当てているの姿を「激突したから」と田辺聖子は見たのね…
そして両者の頭にある2つの光背を、車椅子の2つの車輪に見立てた…
確かにガブリエルは「あいたたた」と言いながら立ち上がり…
マリアは「ああビックリした。大丈夫?ケガしてない?」と言っているように見える…
というか…
もう、そうとしか思えません…
これはもう、そうじゃろ。
『ライフ・オブ・パイ』を書いたヤン・マーテルは、間違いなく『ジョゼと虎と魚たち』を読んでいる。
これら田辺聖子のギャグにインスパイアされて「パイの物語」を作り上げたんだよ。
もちろん映画版の責任者アン・リーにも、それを伝えていたはずだ。
確かに二人が動物園で「トラ」を見るシーンとか、『ジョゼと虎と魚たち』っぽいですが…
「ぽい」じゃなくて「そのもの」なんだよ。
『ライフ・オブ・パイ』を深読みした時、なぜか劇中で松田聖子の『天国のキッス』の歌詞が完璧に再現されているという話をしたよね?
『ライフ・オブ・パイ』と松田聖子の主演作『プルメリアの伝説 天国のキッス』も、驚くほど似た部分が多いという話を…
えーと…
「ビーズの波を空に飛ばして」は…
「piss(おしっこ)の波を空に飛ばして」で…
「泳げないフリ わざとしたのよ」は…
泳げないと思っていたリチャード・パーカーが、実は上手に泳げたこと…
「ちょっとからかうはずだったのに、抱きしめられて気が遠くなる」は…
自分が起こした大嵐で船酔いし、パイに抱かれながら意識を失ったリチャード・パーカー…
そしてサビ…
「教えて ここは何処?わたし生きてるの?天国に手が届きそうな 青い椰子の島」は…
到着した当初は「あの世」かと思っていた、植物で出来た人型の島…
うふふ。じゃあ2番。
「愛してるって言わせたいから 瞳をじっと見つめたりして」は…
愛情の有無を確かめるためにリチャード・パーカーと見つめ合ったパイ(笑)
「誘惑されるポーズの裏で 誘惑してるちょっと悪い子」は…
「女性器そのもの」を表現したダンスの振付の意味に気付いてないふりをしてアーナンディーちゃんに言い寄ったパイ…
そして「教えて ここは何処?海の底かしら?熱帯の花が招いてる 二人だけの島」は…
人型の島の、まるで海底のような不思議な泉と、中に人の歯が入ってた花…
疑いようがない!
まさに『ライフ・オブ・パイ』は『天国のキッス』じゃ!
実を言うと僕は、このことがずっと頭に引っ掛かっていた…
なぜヤン・マーテルとアン・リーは、松田聖子の『天国のキッス』を知っていたのだろうと…
そしてなぜ、ここまで完璧に再現しようと考えたのかと…
確かにそうよね。今度はノーランズも歌ってないし。
だけど、その理由がわかった。
「田辺聖子」だったんだよ。
は?
田辺聖子が『ジョゼと虎と魚たち』の中で松田聖子の『天国のキッス』を再現していたから、それをそのまま踏襲したんだ…
多大なるインスピレーションを与えてくれた田辺聖子に敬意を表して…
マジですか?
ああ。間違いない。
田辺聖子は松田聖子の『天国のキッス』を隠し味にして『ジョゼと虎と魚たち』を書き…
ヤン・マーテルは『ジョゼと虎と魚たち』を隠し味にして『ライフ・オブ・パイ』を書いた…
両者ともに『ヨハネによる福音書』をベースにしながら…
それじゃあ『ライフ・オブ・パイ』の主人公の名前が「円周率 π」であることも、田辺聖子の『ジョゼと虎と魚たち』が関係してるの?
そうだよ。
回収されない「パイ」という名前の意味も、流れ着いた場所がメキシコだった理由も、最後に日本人調査員が登場する理由も…
すべての答えは田辺聖子の作品の中にあった。
なぜこんな単純なことに気がつかなかったんだろう…
『ライフ・オブ・パイ』と『ジョゼと虎と魚たち』は共通点だらけなのに…
ノーランの『インセプション』とノーランズの『夢先案内人』の「わかりやす過ぎる関連性」を見逃していた時と同じ過ちね(笑)
まさにそうです…
深読み探偵として、また大きな失態をしでかすところだった…
もしもあの夢を見なければ、僕は一生このことに気がつかないままだったかもしれない…
ちょー気になる!早く教えてよ岡江クン!
いいだろう…
これが『ライフ・オブ・パイ』の真相だ…