合わない相手。
病院あるあるなのかもしれないですが、
『この先生と合わないから病院を変えた』
って話を聞いたことがあります。
具体的に言うと、精神科のあるあるですね。
内科などで、ちょっと冷たい先生に対応されるのとはまた話が違い、精神科は先生とのやりとりが続きます。
自分の話をしたり、先生の話を聞いたり。
病気が治るまで続きます。
私は2つの精神科を受診しましたが、1つは私の話を受け入れとても真摯に向き合ってくれる態度の先生でした。
もう一つは、現在通っている病院の先生です。
一言で言えば、厳しいじーさんです。
宿題や課題も出されます。
多少しんどくても課題をこなしていけってな感じです。
何回怒られたことか。笑
何でそんなところに通院するの?って感じですよね。
最初は単純な理由でした。
営業時間が決まっているから。
優しい先生の精神科は不定休で、仕事をしていた私には通いにくい条件だったので。
もう2年近くになってしまいますが、私はそこの『横綱級』と言われました。
そんなに長く通う人は数えるほどしかいないと。
でも治らないので。
私だって仕方なく通います。
長いこと通って、じーちゃん先生とやりとりをする中で思ったことは結局、自分を見つめ直すことや社会の中でうまく困難をかわしていく力をつけること、流すこと、こだわらないこと、完璧じゃない自分も好きになること、本当にいろいろあることに気づきました。
優しいあの先生だったら気づけていたのかな。
ふと思います。
精神的に傷付いて心がズタズタでも、自分の思い通りに受け入れてくれない先生を
『自分と合わない』
と、相手のせいにすること自体が自己中心的で、社会のいろんな種類の人と関わる中で相手を思う気持ちが不足しているんじゃないかって思ったんです。
じーちゃん先生は、なんか自分の父親より父親っぽい。
時に話に耳を向け、時に背中を強く押してくれるような。
初めは、本当に通うのが嫌で嫌で(それで鬱が治らないような気もしてた)しょうがないくらいでしたが、今ではなぜかこちらが先生の性格を把握して言動するようになっているってゆー。
こんなこと言うと怒られるからなー
こう言えば喜ぶだろうなー
客観的に自分と先生のやりとりを見てしまう自分もいて、何か面白いと思ってます☺︎
体調は不安定ですが、私自身はほんの少し成長しているでしょうか?
いつまでも眠れない私でも、良くなっているのでしょうか?
考え事が多くて難聴になってしまう私でも。
自分をいまだに好きになれない私でも。
唯一、今現在、じーちゃん先生が私の社会の壁なのかもしれません。
じーちゃん先生にエネルギーをもらっているのかもしれません。(吸い取ってますかね)
思いつきのnote。
今日もハコ論でした。
終わりでーす。