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【ショートショート】同世代サンタ

「あっ」
「あっ」

2人のおじさんは向かい合って、しばし絶句した。
「…なんか、すみません」
気がついたら、僕はあの人に謝っていた。

「いえいえ。私たちの世代にとっては、仕方がないことです」
あの人は、静かに笑みを浮かべ、そう気遣ってくれた。 
僕は、あの人を、改めて見つめた。
「どうかしましたか?」
優しい笑みを崩さず、あの人が尋ねる。
幼い頃、僕が一目会いたいと願った、その人だった。

「いえ、その…お疲れ様です」
「あ、ありがとうございます」
「今夜は、その…なんというか【ピーク】でいらっしゃるんでしょう?」
「まぁ、そうですね。ただ日本は少子化ですから、これでもあなたの頃に比べたら楽になりましたかね」
「やっぱり、そういうもんなんですか?」

あの頃、どんなに頑張っても、迫りくる睡魔には勝てなかった。それがどうだろう。今は、夜中に何度も目が覚める。そして、廊下を通って一往復、日によってはニ往復…

「いや、それは私とて同じですよ。同世代ですから」
「ど?同世代?」
「はい。何か問題でも?」
あの人は、相変わらず優しい目をしていた。

「どうです?ここに座って、少しお話ししませんか?」
「あ、はい……でも」
「まだ、何か問題でも?」
「今夜はお忙しいのではないですか?」
「は、は、は! お気遣いありがとうございます。先ほど申しましたように、昔より減ったんでございます。ご心配には及びません」
「はぁ。では、遠慮なく…」

あれ?
我が家に、こんなにふかふかのソファーがあっただろうか?
我が家に、こんな素敵な小窓があっただろうか?

……まぁ、いいや。 
口に出すのは野暮な気がして。僕は黙っていた。

「お口に合いますかな?」
いつの間に用意してくれたのだろう。気がつけば、あの人が僕にマグカップを差し出している。
「温まりますよ」
「あ、どうもありがとうございます」
僕は恐縮しながら、マグカップを受け取った。
「うわー、おいしい!これ、なんていう飲み物ですか?」
「ああ、それはよかった。ただ残念ながら日本では売っておりません」

なんとなく、【どこなら売ってるんですか?】と聞いてはいけないような気がして、僕は黙っていた。

「それにしても、あなたこの2ヶ月大変でしたね。ジェットコースターみたいな感じでいらっしゃいましたね」

本当に。僕にとって、公私ともに大変な2ヶ月だった。
でも、どこで見ていたのだろう?この方だって、とても忙しい2ヶ月だっただろうに。
とにかく、あの人が、僕を気遣ってくれた。

憧れたあの人と、こんな近くで話をしている。そんな夢のような時間なのに、僕ったら(乗るとしたらこの方は一体どんな格好でジェットコースターに乗るのだろう?)なんて空想をしてしまう…。

「せっかく暇な時間ができると思ったのに、突然仕事が舞い込んできた」
「…はい」
「大変な仕事なのに、みんな、あなたなら簡単にやれるだろうと思っている」
「…はい」
「それは、光栄なことだけれど、なんだか腹立たしくも思っている」
「……はい」
「仕事を減らそうと思ったら、そんな時に限っていつも想定外の事が起こる」
「…はい」
「本気で困っているけれど、心のどこかでそれを面白がっている自分がいる」
「………はい」

何でもお見通しなんだな。
でも、そうでないと、世界中の子どもたちを笑顔にはできないのかもしれない。

「人生は予定通り行かないほうが面白いんですよ」
あの人は、まるで小さな子に語りかけるように、優しい声でそう言った。
「え?」
「今夜だってほら、あなたの【予定】では一晩ぐっすり眠るつもりだったでしょ?」
確かにその通りだった。
でも最近では【予定】通り行ったためしがない。

あの人はとびっきりの笑顔を僕に向けた。

「ささ、トイレはあちらですよ」
「あ、そうだった!ちょっと失礼します」
「どうぞ、いってらっしゃい。お体が冷えないうちに」

僕が戻ってくると、
あの人の姿は、もうどこにもなかった。

机も、マグカップも、ソファーも、小窓も…

あとかたもなく消えて、
ただ見慣れた白い壁が続いている。

寝室に戻ると、ベッドの上に
小さな包み🎁が置いてあった。

メリークリスマス!

添えられた直筆のメッセージから
ほのかにインクの香りがした…



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