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E143:駅のベンチで糸切れる…
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「学校に行きたくない日があってもいいと思うよ」
私がこんなことを言うと、普段の私を知る人がとても驚いた顔をする。すごく意外なのだそうだ。
「2〜3ヶ月に1回くらい」なら、そんな目くじらを立てなくてもいい、と私は思っている。
私だって高2以降、駅のベンチで3ヶ月に1回くらい
「整っていた」のだから。
サウナで最高に気持ちいい状態になることを「ととのう」と言うそうだ。あの日、駅のベンチでまさにそんな顔をしていたような気がする。
…………………………
今思い返しても、明確な理由が思い当たらない。でもあの日、僕は突然「今日は行かなくていいんじゃね?」と思ったのである。
高校生くらいから、僕はよく腹痛を起こした。これといって、腹痛の理由は思い当たらない。今にして思えば軽い過敏性腸症候群(IBS)だったのかもしれない。
ただ、高校時代は、僕の人生の中でも、比較的安定した穏やかな時期だったので、ほとんどストレスもなかったし、楽しく過ごしていたから、やっぱりただの腹痛だったのかもしれない。
真相はわからないけれど、やたらとお腹を壊した。
僕は、ある私鉄に乗って通っていたが、それなりに数がある「通学ルートの途中駅」について、それぞれの「トイレの場所」を把握していた。どの途中駅でもトイレに駆け込めるように備えていた。定期券だから、途中駅なら改札の外にも自由に行ける。
今でも新しい場所に行くと、真っ先にトイレの場所を確認する。あの頃からの習慣である。
高校2年のその日も、急に腹痛が襲ってきて、特急の待ち合わせ中に、僕は耐えられなくなって、乗っていた電車を飛び出した。その駅のトイレの場所は頭に入っている。階段を駆け降りて、トイレに駆け込んだ。
頭の中では、ちゃんと計算できていた。
今乗ってきた電車をやり過ごして、次の次の電車に乗れば、何とか学校には間に合う。計算上はそうだった。
だか、ここで、計算外のことが起きる。複数あるトイレの個室がその日に限って、全部閉まっていた。ああ今日は「だめ」かもしれない。「最悪の状況」が頭をよぎる。私はとんねるずのモジモジくんみたいにして、体をくねくねさせながら、必死に耐えた。17歳…こんな奴、モテるわけがない。
限界ギリギリのところだったが、運良く個室が空き、最悪の状況は回避された。とりあえず用を済ませ、手を洗う。その時、腕時計を見て、ハッとする。
そういえば、今日は順番待ちの時間を要したのだ。登校のリミットである電車の発車時刻まで、もう秒単位に迫っていた。
トイレを出ると、もう上の方で発車のベルが鳴っていた。今なら絶対できないけど、階段を2段飛ばしで上がり、ホームに着いたところで電車のドアが閉まった。
【注意:駆け込み乗車は危険です。おやめください】
源太、アウト!…なんだか、猛烈にイライラした。
僕は、駅のベンチにカバンを放り投げ、その横にムスッとした顔で座り込んだ。
ところが、その駅のホームは、とても見晴らしが良くて、ベンチに座ったまま、気がつけば、長時間ぼーっとしてしまった。途中から、ぼんやり自体が、楽しくなってしまったのである。
(あーあ、俺、なんでこんなに律儀に学校に行ってるんだろう…)
人生で、初めてこんな感覚になった日だった。
腹痛をこらえながら、階段を駆け降りて、トイレの個室前でくねくねしながら、前のおっさんが出てくるのを待ち、用を済ませ、階段を駆け上がり、そして…目の前で電車のドアが閉まった…。
もし今、そんな少年がいたら、背中の1つでもさすってやりたい…。(彼が手を洗ったのを確認して)ハイタッチの1つでもしてやりたい。
とにかく、その日に限って、十数年の張り詰めた気持ちが「プツン」と切れてしまったような、そんな気がした。
その日の事は、なぜかよく覚えている。
ホームにそよ風が吹いて、見晴らしが良くて、外を眺めている間に、いわゆるその…「ととのってしまった」のである。
ふと、我に返って、時計を見ると、10時を過ぎていた。駅の公衆電話から、学校と家に電話した。
「途中で調子が悪くなった」と、適当な嘘をついて…。
学校生活11年目、これがはじめての「ズル休み」だった。
僕は、自分の高校が大好きだったから、今考えればもったいないことをしたけど、そういう瞬間が必要だったのかな、とも思う。
そんな日に読書をすると、ものすごく集中できた。
それ以来、何度か「腹痛」からの「整う」を経験した。これは、自分の体をいたわるつもりでやっていた。
でも不思議なことに、これを何度か繰り返すと、腹痛自体が徐々に減ったのである。
ちなみに
社会人になってからは、同僚やプロジェクト、お客様に迷惑がかかるので、このような事は一切やっていない。
…………………………
森光子さん
『3時のあなた』の司会を14年務めた。最終回の時、松山英太郎さんが森さんに尋ねた。
「ねぇ母さん(=森さん)、母さんみたいな人でも『今日はスタジオに行きたくないなぁ』なんていう日はあったの?」
「うーん、それがねぇ………あるのよぉ」
スタジオ一同は【あるんかい!】とズッコケ、大爆笑だったけど、それをテレビで見ていた高校生の僕は、ちょっと安心したのである。
大人だって、行きたくない日はあるよなぁ…
【66日ライラン 58日目】