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E215: 国鉄と助役と車掌


ふと思う。

おなじ「見送り」でも、
飛行機の整備士さんのバイバイは、なぜか明るい。
駅の助役さんの敬礼は、なぜか切ない。

少年が慣れ親しんだローカル線。
夕焼けと田んぼの景色が好きだった。

ほとんどの鉄道少年は、乗務員と言えば、
運転手に注目するだろう。

でも、この少年は違った。

どちらかと言うと「車掌」や「駅の助役」に
憧れを抱いた。

背筋を伸ばし、指先を揃えて、
前方と後方を確認し、笛を吹いて
後方の車掌に出発の合図をする。


車掌は、自分のドアを半開きにしたまま
電車のドアを閉め、
少し動き出してから、慣れた手つきで自分のドアを閉める。

指先確認をして、窓から顔を出し、駅で見送る助役に敬礼をする。

夕闇迫る駅のホーム。

見送る助役が、いつまでも敬礼をしたまま
どんどん小さくなっていく。

一連の動きが全部かっこよくて、
小さくなっていく助役さんが、少し切なくて、

少年も車掌さんみたいに、後ろの乗務員室から
遠ざかっていく駅を眺めていた。

一人旅の時、少年は母から
「電車の窓を開けて、首を出してはいけない」
と、固く言われていた。

遠ざかっていく駅を眺めるには、
後ろの乗務員室の窓を眺めるしかなかった。

だから、車掌さんの仕事を眺めるのも好きだった。

今みたいに、ICOCA(Suica)なんてないから、
列車の中で切符を買う人もたくさんいた。
タブレットのないあの頃、ベテランの車掌さんは「魔法の手帳」を使って、ものの見事に運賃を計算する。

自宅近くの駅でも、これに似た光景はいくらでもあるのに、少年はこのローカル線に乗るたび、助役さんを見て切なさを覚え、車掌さんを見て憧れを抱いた。

少年があんまり見つめ続けているから、
時々、優しい車掌さんが声をかけてくれた。

「大きぃなったら、君も国鉄に入るかぁ?」
そんなふうに、ニコニコ笑ってくれる車掌さんに
野球帽を被った少年は、笑顔でうなずいた。

少年が中学に入る頃、駅から駅員さんが消えた。
少年が大人になった頃、乗務員室から車掌さんが消えた。

笛の音は、電子ブザーに変わり
車掌さんの声は、無機質な自動音声に変わった。

後ろ側の乗務員室。
主を失ったその部屋は、前よりずっと見通しが良くなったけれど、遠ざかる駅を見ても、あの頃見送ってくれた助役さんは、もういない。


今は…
少年より、ずっと後に生まれた運転手が
前側の乗務員室で1人3役をこなしている。

今は「憧れ」より「労い」

お疲れ様… 
思わず敬礼したくなる。
実際にはしないけれど…。

珍しく駅員のいる途中駅。
少年はあの頃と同じように降り立つ。

あの頃
あの人に会うために駆け出したホームを、

今は
転ばないようにゆっくり、ゆっくり歩く。
相変わらずホームの舗装が雑なのだ。

改札の外
笑顔で迎えてくれたあの人はもういないけれど、

少年は、今年も
花と線香を持って、あの人に会いに行く。

【連続投稿:  136日目  ライランⅡ:  47日目】

今日は47日目です

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