「ふぅの会」について。
わたしが目指すのは、誰でもふぅって一息つけばお金が入る社会。
色々想像しています。
人それぞれ、好きなものが違う、環境が違う、国も肌の色も、言語も違う。
でも同じ地球にいて、きっと「ふう」ってなるときはみんな同じ。
今を感じられるとき。
だから、「ふぅ」って一息つけるような場所や機会を作ればいいのかな、と思って、わたしが提供できるものとしたら、麻糸績みとか、手作り石けんやクリーム作りとか、焼き塩体験、活性機作りなどがあるけど、わたしと好みが近い人だけが集まることになるし、それが「ふぅの会」になるっていうのは全然違う気がする。
「ふう」って一息つくことには形がない。もっと普遍的なものだと感じる。
一生懸命働けば収入が入るっていうのは、当たり前のことではあるけれども、働かないとお金が入らないっていうのは違うんでないかと前から思っている。働かざるもの食うべからずっていうのは、働いている人だけにお金が入るってことじゃないと思う。
生きている人は大体みんな食べる。だから、生きている人は、その人なりに何かの働きをしている。そういうことを言っているのではと。
労働に特化した経済は息が詰まる。
労働は、物質的に社会を支えるけど、ふぅって一息つくことは、精神的に社会を支えるんじゃないかな。
だから、ふぅって一息つけばお金が入ってもいいと思うんです!
別段、お金じゃなくてもいいんだけど、目に見えてわかりやすいのが現代だとやはりお金なのかと。
FBやツイッターの「いいね」は、知的財産の共有でもあって、そういうのが形になってお金にもなる現代社会はとっても素晴らしい。
だからもっと素朴に、日常の中で、生きている喜びを感じられるとき、それを共有するのはとても大事だし、やっぱり何か恩恵があってもいいと思う。
ビジネスモデルとかマネタイズとかちんぷんかんぷんなんですが。
課金方式か、形としては仮想通貨的な感じ?
オンラインサロンで、入会金を集めて、それを分配するとかかなぁと考えてみる。でもできればクローズドではなくオープンな空間で。
垣根がなくて、どこまでも平らで、与えて、与えて、与えて。
そういう仕組み作り。
想像するとめちゃくちゃ楽しいのです。
長い目でいいから、形にしていけやんかな。
最終目標をそこに定めて、いったんは「ふぅの会」の発足だね。