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文章のセンスが欲しい。神様。どうか。

はじめてブログを書いたのは29歳の時だった。

目の前に「30歳」という壁が現れて、「いやだー助けてーどうしようーまだ結婚もしてないのにー終わるー人生終わるー」そう思って、見つけた吐き出し口が「ブログ」だった。

そんな思いで最初に書いた場は「livedoorブログ」。
ただ日々の徒然を書いていた。

そのすぐあと、29歳にしてハマったジャニーズのことを語りたくて、全然テイストの違うブログを始めた。今度はFC2だった。

どちらのブログも、そこそこ人に読んでもらえるブログになった。
それなりに読者もいたし、コメントもついた。
それが縁で繋がる人もできた。

でも…「そこそこ」止まり。
ベスト10には入れないし、人気ブロガーにもなれない。

どこのブログにも、もんのすごく文章が上手い人とか、爆発的にセンスのある人ってのがいて、そういう人には絶対にかなわない。

同じことを書いてるのに、全然違う。
うまい。すごくうまい。面白い。

ああ、私はどう頑張っても、この人みたいに書くことはできない。
「所詮私はこのレベルなんだ」というのを突きつけられた30代。
いつしかブログを書くのをやめた。

それからもっと大人になって、Twitterを始めたとき、そしてこのnoteやいま通っている「編集ライター講座」でもヒシヒシと感じる。

圧倒的に文章が上手い、文章のセンスがある人と自分の差。埋まらない、差。
いわゆる「センスと才能」という神から与えられしもの。
これはどう頑張ってもどうしようもない。

私は昔から、何をやらせても平均点ぐらいは取れる人間だった。
勉強も、運動も、絵を描いても、写真を撮っても、何か作っても…大体そこそこできる。一番しょうもないやつ。

でも唯一「文章を書く」ことだけが、少しだけ、ほんの少しだけ、自分の中で「これは、他よりちょっと好き」だし「たまに褒められる」だったから、今ここにいる。

んだけど。

日々、人が書いたものを見るたびに猛烈に自信喪失しまくる。悲しい。
センスは経験値だ、とかいう人もいるけど、私は持って生まれたもんだと思うんだよなー。

とかぐちぐち言っても始まらないから、今日も明日もわたしは書き続ける。ただただ書き続けるよ。

だから神様、少しだけセンスをちょうだい。おねがい。

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