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宿世の夢の焼点のような:夏目漱石『倫敦塔』

まるで御殿場の兎が急に日本橋の真中へ抛ほうり出されたような心持ち、蜘蛛手十字に往来する汽車も馬車も電気鉄道も、倫敦塔は宿世の夢の焼点のようだ。

セピヤ色の水分をもって飽和したる空気の中に、啜る渋茶に立つ煙りの寝足ねたらぬ夢の尾を曳ひくように、迷惑の人と伍せんとするものはこの門をくぐれ。


夏目漱石の短編『倫敦塔』』を読んだ。

夏目漱石ってこんな感じだったけと思う。

象牙を揉もんで柔やわらかにしたるごとく美しい手。絞める時、花のような唇がぴりぴりと顫える。三羽しか見えぬ鴉を五羽いると断言する。

夏目漱石『倫敦塔』より

小説なのか随筆なのか。紀行文なのか紹介文なのか。言い訳、後悔、見栄、欺瞞、はたまた上海で試したアヘンの記憶。文章の中は見えない過去の遺跡の発掘現場のようだ。

切れぬはずだよ女の頸くびは恋の恨うらみで刃が折れる
生える白髪を浮気が染める、骨を斬られりゃ血が染める

夏目漱石『倫敦塔』より

美しいものと都々逸じみたものが混在する不思議な世界の魅力が垣間見えるような気もする。

もちろん、だからといって、文豪の文章を勝手に編集することは許されない。冒頭部分は「短編で話すのは面白い」と改めて感じた上での戯言。

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