坂戸日記 2024.01.13
2024年1月13日、晴、一時雨。
御朱印がスタンプラリーではないことは理解してはいるが、寺と神社の区別もなく貰っていた御朱印もだいぶ貯まってきた。私の御朱印帳は折り本式で、川崎に住んでいるときに参加したワークショップで自作したものだ。
一昨年の夏に埼玉に引越し、近所の探索をかねて神社仏閣に行くことが多くなったので、最近は進みも早い。
今日は午前中、隣町の毛呂山町にある出雲伊波比神社に行ってみることにした。うちからだと9 kmほどで、歩いていくには近くも遠くもなくちょうどよい。
いつもの高麗川の橋から、いつものように笠山(おっぱい山)を眺めてから歩き始める。この道をどんどんと武蔵野山の方に行くとあるはずだ。
知らなかったのだが、毛呂山町には鎌倉街道上道が通っている。鎌倉街道は、中学校の頃に習った「いざ、鎌倉!」のときに使ったであろう鎌倉と関東諸国を結んだ主要街道の総称だ。鎌倉から武蔵国・上野国を経て信濃国・越後国へ向かう街道を「上道(かみつみち)」と呼んだのだそうだ。鎌倉街道上道は毛呂山町から入間市を抜け、清瀬市・東久留米市を通って町田から鎌倉へと抜ける。小学校の頃に住んでいた東久留米の府中街道が鎌倉街道だとは知っているが、それが今住んでいる近くまで続いているとは知らなかった。
そういえば小学校の頃に遠足で行った奥武蔵の顔振峠は、飯能から越生の間の峠だ。義経が奥州へ逃れる際、あまりの絶景に何度も振り返ったためにその名がついたと習った。鎌倉街道を使うと頼朝の家臣たちに見つかってしまうので、わざわざ飯能から越生を抜けて北に向かったのかもしれないと思うと少し感慨深い。
出雲伊波比神社は、奥武蔵山麓少し手前の小さな丘のようになった場所にあって、杉がたくさん植えられていた。
もう正月でもないのだろう。人影はほとんどない。御朱印を貰って、帰りは電車で帰った。
バーチャルお遍路 2周目も少し進んだ。第39番札所 延光寺。だいぶ時間がかかったが、もう少しで高知がおわる。