現代的な課題感と感性を反映するSFらしい近未来SF:柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』
本を読んで「やられた!」と感じるのは、人によっていろいろ違う。哀しい恋と別れという人もいれば、巧妙なトリックや壮大な歴史ドラマっていう人もいると思う。
私はといえば、《センス・オブ・ワンダー》。まぁ、ざっくりいうと違う世界につれていてくれる感覚。違う世界に行くといっても異世界転生とはちょっと違って、どこか理屈っぽく訴えかけるのに弱い。SFが好きだったのもそういう理由だ。
柴田勝家『走馬灯のセトリは考えておいて』は、日本のSF(サイエンス・フィクション)の短編集で、私はこの著者は初読だったけれど面白かったぁ。
解説には「本書に収録されている短編は、「生と死」「現実と仮想」「信仰と棄教」の境界と曖昧さが描かれている」という趣旨のことが書かれている。私もその通りの秀作短編集だと思う。
たとえば、特にSFマガジン2021年6月号で組まれた特集「異常論文」にも採録されている『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』。表題からしてツボだった。
「異常論文」なので章立て形式で描かれている。
宗教性原虫? これだけでも気になってしまう。せっかくだから序の部分も引用しよう。
ワクワクだ。そしてこの短編、全体を読むといろいろな意味でびっくり深い仕掛けもあって、そこも楽しい。SFならではの《センス・オブ・ワンダー》を感じてしまう。
《センス・オブ・ワンダー》という意味では、それを理詰めで攻めるハードSFが『火星環境下における宗教性原虫の適応と分布』だとすれば、感性と理屈の両方から私たちの認識に揺さぶりをかけてくるのが、この短編集の表題にもなっている書き下ろしの短編『走馬灯のセトリは考えておいて』だ。非常に現代的な課題感と感性を反映するSFらしい近未来SFだったと思う。
基本となるアイディア自体は既出のものですが、その展開がとても上手い。最近、SF自体を読むことが少なくなってしまいました、久しぶりのやられた感だった。