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借金発覚 第13話「父の呆れた夢の正体」

0〜12話までのあらすじ

五十二歳で大手生保を早期退職した父は、退職金を元手に怪しい投資ビジネスを開始するが、一年も経たないうちに退職金は蒸発。一家は郊外に引っ越し貧乏生活を始め、十八年が流れる。そんなある日、実家に同居している次女が父の借金を発見し、兄弟たちで大騒ぎに。兄弟たちは証拠を持って父に詰め寄り、ついに父は借金の存在を認めるのだが、父は自己破産をすることを拒否。「もうすぐ大金が入るから時間をくれ」と主張する。しかし、入金期限は相変わらず伸びてばかり。そんな中、失踪していた三男が見つかるというニュースが飛び込む・・

主な登場人物

父・・・大手生保の営業マンだったが、五十二歳で早期退職。
母・・・農家出身で看護師。メンタルが弱い。
長男・・・五人兄弟の長子。既婚。地方都市に住む。
次男・・・五人兄弟の二番目。既婚。本書の主人公。
長女・・・五人兄弟の三番目。既婚。
三男・・・五人兄弟の四番目。独身の一人暮らし。
次女・・・五人兄弟の五番目。独身。父母と唯一同居。

自分で借金は解決できる

長男と相談し、実家に行って再度話をするのは行方不明だった三男と相談してからの方がいいということになり、父に連絡を入れた。

返信がないので、別の予定が入を入れてしまいました。また別日程で調整させてください
父は予定が流れたので安心したのか、今度はすぐに返事が返ってきた。
ごめんなさい。来るものと思っていたので、返事は出しませんでした
よく言うよ、と思いながら続きの文章を読んで、僕の怒りは一気に沸点に達した
自分で解決できるのでもう集まらなくて大丈夫です
この後に及んで、何を言っているのだろう。すぐに返信を書いた。

悪いけど、父ちゃんが自分で解決できるとは全く思えません。兄弟五人の総意として、話し合いは絶対に持たせてもらいます
数分後、父から返事が戻ってきた。
近いうち、ずーと祈ってきているので、ご利益が必ずあります。ご利益には、すぐに頂けるとものと、長い期間を経て与えられるものがあります
ご利益って、何を言っているのか。
ご利益なんて綺麗事言われても、この間の話し合いで嘘つかれて、子供達は完全に白けてます

しかし、ここから話が噛み合わなくなる。上記のメッセージを送ったすぐ後に送られて来たメッセージは次のようなものだった。
その中の一つが、一族が集まる基地となる広めの家、一族が繁栄するための資金、お母さんが老後も安心して暮らせる資金、そして自分のやるべき使命を果たす資金
自分のやるべき使命という言葉を見て、十年以上前に父が新年の決意として語っていた夢を思い出した。確か、途上国で学校を作りたい、と言ってた。恐らくはそのことだろう。

そして、続く文章に僕は言葉を失った。
努力を続ける善人には、いつか必ずお天道様からご利益があるはず

これらの父からの返信は、父の病巣の深さを僕が知るのに十分すぎるものだった。つまり、父の頭の中では、自分は家族のため、妻のため、途上国の貧しい子供たちのため努力を続ける善人なので、いつか必ず成功できる、というストーリーが出来上がってしまっているのだ。自分のやっていることがまるででたらめで、迷惑を撒き散らしていることに全く思い至っていない。僕は軽い目眩を覚えた。

申し訳ないけど、もう家族の誰も家も資金も必要としてないよ。皆、それぞれ自立してるんだから。それよりも真摯に兄弟たちと向き合って、話し合いに応じてください

すぐに返事がきた。
いつでも皆と会う用意はありますが、無駄な時間です。自分は破産宣告はしないので、自分が死んだ後は相続放棄をしてください
僕の心は、身勝手な父に対する怒りで爆発寸前だった。
あのさ、法定相続人に、甥や姪も入る可能性があるって分かってる? 当然、生きている間に一人ずつ訪問して、説明してくれるんだよね?

すると、意味不明の返事が返ってきた。
甥や姪に相続が関係ある場合は、自分の兄弟が死んで代襲相続が発生する場合だけです
分かっているではないか。自分が死ぬときに、自分の兄弟たちが亡くなっていたら、甥か姪が代襲相続で負債を相続しなければならないかもしれないのだ。しかし、父の返事を見る限り、発生する可能性が非常に低いから大丈夫だと言っているかのようだ。

噛み合わないメッセージのやり取りにイライラしながら僕は返事をした。
だから、父ちゃんが亡くなるときに、兄弟が亡くなっていたら、代襲相続で甥や姪が相続対象になるんでしょう
その時は、代襲相続人が相続放棄すればいいのです

この他人事のような返信に、僕は完全にキレてしまった。こんな無責任な話があるだろうか。借金があることをずっと隠してきたくせに、相続放棄させれば全部解決、みたいな説明をする父。にも関わらず、親族に頭を下げて説明しようという意志も全く感じられない。

だから、対象になるかもしれない親族全員に、その説明とお願いをしてくれるんだよね、と聞いてるんだけど
この質問についての返事はなかった。プライドの高い父に、そんなことは出来るわけがない。

僕は父と話をするのが心底嫌になってしまった。父が保険会社を早期退職し、怪しいビジネスを追いかけ始めてもう二十年弱になるが、散々痛い目に会ってきたにも関わらず、何も学んでいない。時計の針はピクリとも動いていないのだ。

今年の年末までに解決したかったけど、絶望的な気分です。もう僕から連絡を入れるのはお終いにします。今後は長男か長女から連絡してもらいます。さよなら
僕は捨て台詞を送って、父とのやり取りを終わりにした。

***

この日僕は、父への怒りから、なかなか寝付くことができなかった。LINEで、妹たちとも情報交換をしたが、次女は父親の奥底にある動機をシンプルな言葉で言い当てた。
お父さんはみんなから尊敬されたいだけだよ。さすがお父さん! すごい!ってお母さんと子供たちから思われたいの。このままの状況では死ねない、なんとか逆転してやる!って気持ちだよ。一言でお父さんの代わりに代言するなら『今に見てろ俺はやる』って感じかな
しかし、父が家族のためと言いながら怪しい投資ビジネスにのめり込めば込むほど、家族との心の距離開いていくのは大いなる皮肉だ。

14話につづく

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