3月16日㈯ 犯罪者になった日
・ホテルの部屋に人間がいた痕跡を消す仕事。
朝、ボーッとしてて遅刻しそうになり急いでいて、急いでいたしボーッとしていたし、で作業着の下部分を持っていくのを忘れてしまう。
ホテルから支給されているエプロンと三角巾は必須で、上のTシャツは一応支給されてるのがあるけど、支給されてるやつじゃなくても色が黒ければいいっぽい。
下は支給されてはいなくて、各自なんでも動きやすいズボンを持参していくのだが、色は黒じゃなきゃいけないという決まり。ジャージじゃなくてもいいのだが、色は黒じゃないといけないらしい。
いつもだったら夜から家庭教師の仕事があるからスーツを着て出勤するので、スーツの黒いズボンで作業してても別に傍から見たらわからない。バレない。
しかし、今朝人妻から子供が熱を出したからお休みにしたいと連絡があり、じゃあスーツじゃなくていいやとわざわざ明るめのブルージーンズを履いて来てしまった。
やばい!黒いズボンがないと清掃できない!怒られる!
と思い、今日シフト入ってなさそうな人のロッカーを次から次へとガンガン勝手に開けて勝手に黒いズボンを借りようとしたのだが、みんないい加減そうにみえて意外としっかりしてて、ちゃんと毎日作業着を持ち帰って洗濯しているみたい。
黒いズボン、無い!
で、辺りを見回したらコートとか掛けるハンガーラックの下の網棚部分に黒いズボンが畳んで置いてあるのを発見。スーツの下っぽい生地。
勝手に拝借して、履く。
あれは誰かの私服だろうな。今日の清掃が終わったら綺麗に畳んでまた元の場所に戻しておこう。本当だったらちゃんと洗濯してから返したいけど、たぶん今日誰かが履いてきたやつだし、それを俺が勝手に履いたってなると気持ち悪いだろうし、そもそもその人は今日それを履いて帰らないといけないから俺が一旦持ち帰って洗濯しちゃったら帰り道に履くものが無くなって下半身露出した状態で帰らなきゃいけないから、バレないように元通りにそっと畳んで置いておけばいいや。
と、シンプルに窃盗行為に手を染める。
平然と朝礼に参加し、俺が盗みを働いたことにも、下がジャージではなくスーツのズボンであることにも、誰にもバレることなく、清掃開始。
部屋で1人で黙々と作業を始め、先ほどまでのパニック状態から落ち着いたことで、
「えっ、てかジャージのズボン忘れたくらいで、そんなにパニックになる?で、しかもパニックになった結果、窃盗する?犯罪に手を染めるほどのことじゃなかったじゃん、だって、ただ単にジャージのズボン忘れただけだよ?チーフに『すいません、ジャージのズボン忘れちゃいました』って言えば、今日だけジーンズで清掃させてもらうとか、もしかしたらジャージのズボン貸してもらえたかもしれないし、それくらいで激怒されるわけないじゃん。実際にたまに来るタイミ―の人、ジーンズで清掃してるし。てか怒られたとて、最長で30秒くらいのことじゃん。てか俺以外にもこれまでジャージのズボン忘れてきた人何人もいたでしょきっと。たぶんなんとか対処してきたでしょ。なんで俺はパニくって、挙句の果てに窃盗までしちゃってんのよ、」
と、自分に引く。
「てか、俺が盗んだズボンの持ち主、今日の夜勤のフロントさんだったら昼前には帰っちゃうから、俺15時まで清掃するから、え、間に合わないじゃん。ズボン、返せないじゃん。仕事終わって疲れてさあ帰ろうって制服から私服に着替えようとして、畳んで置いてあったはずのズボンが無くなってたら、シンプルに履いて帰るものが無くなって困るっていうのもあるし、『もしかして僕、いじめられてるのか?』とか思ったら凄い傷つくだろうな」
とそこでやっと罪悪感に襲われる。
元々、子供のころから「怒られること」に怯えすぎて、そのせいでいろんなことから逃げまくって自分から袋小路きみまろにセルフで追い詰められてきた人生だった。
今日なんて「怒られる」ほどのことじゃないというか、せいぜいちょっとした小言もらうかもしれないってレベルのしくじりで、そのプチ小言を回避するために窃盗というシンプル犯罪行為をして、自分がプチ小言でプチ傷つくことで生じるかすり傷やひっかき傷を回避したいがために誰かを深く傷つけてしまうなんて、自分の最低さに引く。
俺みたいな人間は、車に乗ったら必ず当て逃げをする。
当て逃げをする人たちを今まで軽蔑してきたが、「ごめんごめん!俺も同じタイプの人間だったわ!」となる。
どうにかして生き方考え方を改めたい。
自己保身のために他人はどうなってもいいという考え方を捨てたい。
ミスったら、誰のことも一切傷つけることのない方法で隠すか、ちゃんと怒られるか、の2択しか選んではいけない。
っていうか、ちゃんと怒られればいい。ミスをしてしまったのにこの期に及んで隠そうとするその往生際の悪さがキモい。ちゃんと怒られる練習をしておいた方が良いのかもしれない。
で、犯罪者になったことで、10時から15時までずっとビクビク怯え続けていた。
今日このホテルにいる従業員で、俺以外の男性は4人だけ。
男子ロッカーに置いてあったあの、てか今履いている、このズボン、は4人のうちの誰かのズボンである可能性が高い。
フロントさんと、時短の清掃員さん、の2人は昼にはもうあがってしまっているので、その場合はもう手遅れ。帰ろうとしたらズボンが無くなっていて深く傷ついてしまったに違いない。
しかし、残りの2人(修理のおじいちゃんKさん、スキンヘッドパディントンのHさん)のズボンという可能性もあり、その場合であればまだ手遅れではないから、なんとかしてKさんHさんよりも早く仕事を終わらせてロッカー室に戻ってすぐズボンを脱いで畳んで元の場所に戻して、平然と「私は今日私のズボンを履いていましたけれども何か?」みたいな面をしていなければならない。
なのに、そんなときに限って13時にお客さんがチェックアウトするからそれまで清掃に入れないという部屋がでてきたりと、手間がかかる事例が異様に発生し、これは俺がズボンを盗んだバチが当たってるのか、いや俺が犯した罪はこれくらいのことで償えることではない、こんなことでチャラにしてもらえるほど世の中は甘くない、ただの偶然だ、
で、なんやかやいつも以上に時間がかかってしまい、大慌てでロッカー室へ駆け込んだがもうKさんもHさんもロッカー室で着替えていた。
おそるおそる見てみると、Kさんは黄土色、Hさんは自衛隊みたいなズボンを履いていた。
そうなると、私が窃盗して履いている黒いズボンは昼間帰った人のどちらかのものであり、その人はおそらく自分がなんらかの嫌がらせを受けていると感じて傷ついただろうし、そもそも履いて帰るズボンが無いからものすごく困っただろうし、とにかく嫌な気持ちになったことは間違いない。
考えてみれば、子供の頃とか、なんなら大人になってからも、少なからずイジメみたいなことに加担していた。
ジャイアンみたいな権力者のクラスメイトが誰かを標的にして悪口を言っていたとき、ジャイアンに逆らって自分がいじめられたくないからと、止めることもなく、一緒に追随して悪口を言っていた記憶もある。
今日みたいに自分の小さなデメリットを回避するために誰かの心を深く傷つけてしまうような、俺はそういう人間だった。
そういう人間が呑気にバカ笑いしたり善人ぶったり正論ぽいことを語っているのを、被害者の人がみたら超ムカついたり超嫌な気持ちになるだろうから、なるべく人目を避けて日陰でこそこそ生きていくのが加害者としての最低限のモラルかもしれない。
いや、日陰で生きていくというのも、バリバリ日向で生きてきた人からしたら重いペナルティになるかもしれないけど、元々ほぼ日陰で生きている俺が「これから日陰で生きさせていただきます」って何のペナルティにもなっていない。この期に及んでまだ俺は楽な道を選ぼうとしている。
何をどうしたってこっちに意図がなくても無意識に誰かを傷つけてしまいかねない世の中で、やる前からこれは誰かを傷つけてしまいかねないことだ、ってわかってることはやらない方がいい。
少なくとも犯罪とか法に触れることはなんやかや誰かを傷つけるリスクが高いから犯罪って事になってることが多いので、やらない方がいい。
っていう当たり前のことに31歳、今年で32歳、というおじさんになって今さら気づく。
小さい法律違反を繰り返して常習化していると、いずれ簡単に盛大に人を傷つけてしまう。
というか、もう誰かを盛大に傷つけてしまっている。
自分が怖い。これまでもある程度怖いなとは思ってたけど、今日は、まさかここまでとは。
ズボンを忘れただけですぐパニック状態になったことも怖いし、パニック状態になってからすぐ窃盗に走ったことも怖いし、もう、本当に怖い。
・ホテルを出たところで、武田真治似の同僚Oさんに話しかけられる。
「これ、息子!」って隣にいる人を指さし手紹介してくれた。
最初冗談かなと思ったけど、どうやら本当っぽい空気。金髪の高校生くらいの男性。そんな大きな息子さんがいらっしゃるとは、Oさん超絶若々しいから全然見えない。確かに、前に飲み会で40代だって教えてもらってすごい驚いた記憶はある。
Oさんはお父さんと同居してるって話は聞いてるけど、結婚してるって話は聞いたことないし、なんか、いろいろ事情があるんだろうなと、他人の人生に思いを馳せる。それより俺は自分の人生を見つめた方がいい。
・先輩とやっている毎週1作新作落語を作るpodcast、のコラボ回で作った落語を録音して先輩に送る。
・半身浴をしながら西村賢太さんの本を読む。
・弟が話しかけてくれる。
俺が最近精神薬を飲まなくても体調崩さないようになったから、少しずつ「ほろよい」とか飲んでお酒リハビリを始めている話をする。
弟は子供のころから炭酸を飲めないから、大学生になって初めてお酒を飲むときにスタートから日本酒から入ったらしい。2ラリーくらいの会話しかしてないけど、ちょっと話す。
あいつ、いい奴。
兄弟として出会っていなければ友達になれたかもしれない。
・それにしても、俺は車に乗ったら絶対当て逃げする人間なんだって今日確信した。
どう考えても、ぶつかった瞬間にパニックになって、すぐに逃げてしまう未来がはっきりと見えてしまう。
だから車の免許は取らない
、っていうまた自分にとって楽な道を選ぼうとする自分をおいおい待て待て逃げるんじゃないと、なんとか引き留める。今日誰かを傷つけてしまったことを、自分が楽をするための免罪符として利用してはならない。自分のことばかり考えてちゃいけない。
どんなに事故を起こさないようにしてても、事故を起こした人のほぼ全てがまさか事故を起こしてしまうとはって思ってただろうから、事故を起こさない可能性に賭けるのは賢明じゃない。
車に乗るってことは、いつか必ず事故を起こすと思っていた方がいい。
だから、事故を起こしたときに何をすべきかをしっかりシュミレーションしておくことにする。じゃないと、俺はマジで当て逃げとかしてしまう。
・人を傷つけるような逃げ方はダメ。さらに言えば、人を傷つけたら逃げちゃダメ。ちゃんと怒られて、ちゃんと謝る。そのことから逃げない。
自分を守るためにとか、怒られたくないという気持ちを優先して、人を簡単に傷つける選択肢を簡単に選んではいけない。人を傷つけるくらいなら、ちゃんと怒られるべき。
今後、なんとかして真人間になろう、とは思うし少しでも真人間に近づけるよう努力してみるけど、いずれ真人間になれるだなんて思わない方がいい。
またきっとちょっとしたことでパニックになって自分可愛さで簡単に誰かを深く傷つけてしまうことがあると思う。今後の人生で、何十回もそれをやらかしてしまう気がする。なんでもかんでも自分以外の誰かとか何かのせいにして、自分は悪くないと思い込ませて、悪事を働いてしまう気がする。
だから、今後一切悪事を働かないとか、今後一切誰のことも傷つけないとか、それは不可能だとある意味で諦めて、傷つけてしまったあとにどんな行動をとるべきかをちゃんと考えて、ちゃんと実践していきたい。
いい加減、ちょっとはマシな人間になりたい。明日は今日よりはマシな人間になって、次の日は前の日よりはちょっとマシな生き方をして、と繰り返していけば、いつかきっと。
と、書きながら、今日俺が誰のズボンを盗んだのか、まだわからない。
チーフとかに正直に申し出て、もしくは嘘の理由をでっちあげてもいいから、ズボンを勝手に拝借したと名乗り出て、誰のズボンだったのかを突き止めて、その人に誠心誠意謝罪するべき。
なのだが、その勇気を出す労力をこの期に及んで俺は惜しんで怠っている。良くない。