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#28『世界から恐れられた七人の日本人』丸谷元人

 本というのは改めて不思議なものだなと思う。そこには力が秘められている。しかし本の形になれば自動的にその力が引き出される訳ではなく、それぞれの内容や思いにふさわしい形を与えなくてはならない。
 先日感想文を書いた『修羅場の極意』は、連載記事をまとめたもののようだが、単にそれだけで本としての力は発揮していなかった。統一的な力が宿っておらず、読み終わった後に何かを得た、何かを体験した感覚が残らなかった。また『オニババ化する女たち』はとても良い本だったが、装丁が間違っていた。新書という体裁にふさわしくなかった。個人的意見であるが。
 それで今日紹介するこの本は、この観点で全然駄目である。DIRECT出版は書店流通という形を取らない出版社で、主に保守系の立場から政治・経済・歴史などを扱っている。ウクライナ問題の分析で著者のことを知り、この人の話は聞いてみたいと思った。DIRECT出版はしばしば販促で書籍を大安売りしてくれることがあり、タイミングが当たったので購入したのだった。
 内容は講演会の書き起こしとなっているのだが、それ相応に浅く軽くなっている。いちいち一行空けしたりしするので、1時間半もあれば読めてしまう。「なるほどね」と新しく知る情報はそれなりに多くあったものの、何も残らない。本という魔法を成り立たせるための思いが足りていないと思う。
 内容は日露戦争と大東亜戦争の時の日本のインテリジェンス(諜報、情報戦)について。今の日本政府はインテリジェンス世界最低レベルと言われている。何しろスパイを使っていない。逆にスパイは国に入れ放題。取り締まる法律もない(んだったか)。それは勿論、戦争に負けてこんな状況になったのだ。インテリジェンスがまともに働かない国に未来はない。日本人はインテリジェンスが出来ないのか?いやいや、出来ていたのだよ、立派に。ということで、七人の人物を取り上げる、というふうに語っていく。日本存続のために、これは知るべきことだろう。
 しかし、物足りない。例えば他国の同時代、または過去のスパイ活動と比較をすることを通してインテリジェンスの重要性そのものを力説することや、現在の日本がインテリジェンスを全く使えていないことによっていかなる問題が生じているのか、またいかなる不幸が将来に待ち構えているのかということを語る必要があるのではないか。また短い本文のわりに無用に話に脇道も多い。栄養価のない食べ物を食べた感じがする。食べたことは事実なのだが。
 愛国保守系、日本は実はこんなに素晴らしいんだよ、有能だったんだよと語る系では『誰も知らない偉人伝』には著者の思いが充満していた。個人として丸谷さんにその思いがないとは全く思わない。むしろ強い思いを持っている。しかしそれを本という魔法の形に落とし込めていないのは編集部の問題だろう。はっきり言えば、これは出す必要のない本である。これくらいの密度の薄さならPDFファイルで用が足りる。
 DIRECT出版や経営科学出版はその辺り、もっと常識的標準的なレベルで取り組んだ方が良いと思う。一般書店流通を目指さないからこそ発信できる情報はあるし、そのような情報を積極的に取り上げ広めていく姿勢は価値あるものだが、内容が薄ければ(その割にページ数に対しても価格がむやみに高い)「次も次も」と求めたくはなくなる。
 程々に良い塩梅を見つけてほしいものである。

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