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水深800メートルのシューベルト|第522話
(メリンダが)泣いているのかと思い、僕は、暗闇に向かって声をかけた。
「メリンダ、僕だよ。おばさんに酷い目に遭わされたの?」
返事はなく、泣きじゃくるような声が聞こえてきた。
「今そっちに行くよ。電気点けてくれる?」
僕は、玄関で立ったままでいることに落ち着かなさを感じていた。そこで、彼女の返事を待たずにキッチンを通って、奥の部屋に行くことにした。
その時、キッチンで足の裏に冷たいものが染み渡ってくるのを感じた。下を見ると、何やら黒っぽい染みに足を踏み入れたみたいで、薄気味悪い思いがした。怖くなったので、暗闇に目を凝らしてみると、テーブルを挟んで反対側の床に何か人のような塊が見える。僕は、それが何かを考えることができなかった。
「……、メ、メ、メリンダ」
僕は、何度も口をパクパクさせてから、ようやく彼女の名を声にした。