食べ物を、無理強いしてはならぬ
母方の曾祖父から代々伝えられてきた話がある。
曾祖父が、帰依しているお寺を訪問した時のことだった。寺の和尚が、手作りのぼた餅を大きな皿にいくつも持って迎えてくれた。曾祖父は、縁側に腰掛けて、一つ口にしてみたが、とてもじゃないが食べられるような味ではなかったという。
何とか一つを我慢して飲み込んだものの、和尚はそれを気に入った証と捉えたのか、更にもう一つ食べるように勧めてきた。何度も何度もしつこくに勧めてくるので、曾祖父はすっかり困り果ててしまった。恐らく、もう一つ食べたら、更にもう一つ食べるように勧めてくるだろう。そう考えた曾祖父は、和尚が手洗いに立った時にチャンスだと思ったらしい。
座っている縁側の真下には縁の下がある。そこには暗くてぽっかりとした広い空間があった。そこに餅を捨ててしまって、全部食べたことにしよう。彼は、ぼた餅の入った皿を持って体をかがめた。
手首を利かせて皿を振れば、餅は縁の下に飛んで行くはず。そう考えて思い切りよく実行したものの、手が滑ったのか、餅はおろかそれを入れた皿までが縁の下の奥深くに消えたそうだ。今でいうフリスビーのような感じだったのだろう。気まずい思いでいた彼の元に、和尚が戻って来た。和尚は、皿がないことを不審に思ったに違いないが、何も言わなかった。曾祖父は「自分が皿を盗んだと思われているに違いない」と思ったが、やはり何も言えなかった。「不味いので皿ごと捨てた」とはとても言えなかったそうである。それならば、「高価な皿だったので出来心で失敬した」と思われた方がマシだろうし寺の名誉にもなる。曾祖父はそう考え、それから寺には寄り付かなくなった。彼の残した教えは「食べ物を、無理強いしてはならぬ」という言葉だった。
これは、我が家に伝わる逸話として受け継がれ、私自身もそれを聞いてからは気をつけるようにしている。他の人に何かを勧める時は、一度かせいぜい二度までにし、断られたら、そっとしておく。そんな習慣ができた。しかし、私自身は他の人に何かを無理強いされて不快な思いをすることが多い。
無理強いで困るのは食べ物ばかりではない。私が浪人の末、地方の大学へ進学した時のことだった、前の年にその近くの大学に入学していたH君という高校の同級生と、食事に行く機会があった。彼は、酒が好きらしく、私に酒を勧めてきたが、成人したばかりの私は、しばらくはアルコールを口にするつもりはなかった。酒による肝疾患、アルコール依存症の恐ろしさを勉強していた私は、学生生活に慣れてから少しずつ嗜むつもりでいた。
ところが、H君は諦めなかった。何度も何度も酒を飲むように説得してきた。初めは「酒を飲んでみろ、絶対に楽しいから」と上機嫌に口にしていたが、段々と説得がしつこくなり、「酒の席で偉い社長と意気投合して仕事を斡旋してくれたり、一緒にビジネスを始めてくれたりするかもしれない」という荒唐無稽な理由を挙げてまで飲ませようとした。私としては、特に会話が弾んでいれば、酒の力を借りずとも良いのではないかと思ったが、彼は粘りに粘った。ついには、飲まない私に激昂して首を絞めてくる始末であった。
そのような態度は、飲酒による理性の低下、および異常酩酊を私に見せつけることになり、アルコールに対して益々慎重になった。そのようなわけで、彼と距離を置くことにしたが、風の噂ではH君は酒を飲み過ぎた影響で留年したらしい。
無理強いに気をつかなければならないのは、食事や酒ばかりではない。趣味、書籍、学んでいるもの、仕事のやり方まで多岐にわたる。誰しも、自分の好きな物や成功したやり方を人に勧めたくはなるだろう。自分の好きな本を誰かと共有できると、一体感が生まれるような気がするだろう。
しかし、人には何かを取り入れたくない性質、もしくは取り入れられない事情というものがあるのだ。それを尊重せず、自分の趣味を押しつけていれば、人間関係を悪化させることになる。人を自分の思い通りになどできない。たとえ力関係で押し付けることに成功しても、それは面従腹背の状態である。
人は、それぞれこれまで生きてきた背景と言うものがあり、他人を自分色に染められると思うのは、傲慢である。無理強いなどしなくても、ある人が尊敬に値するか、信頼されていれば、何かを真似したくなるものである。それは自然に沸き起こる感情からそうなるのであり、決して強要されたからではない。
かくいう私も、母にどれだけ勉強しなさいと叱られても、言う事を聞かずに怠けていた。しかし、尊敬する祖父が静かに読書をしている姿を真似して、彼の書斎に忍び込み、こっそりと歴史本を手に取って読み漁っていたものだ。祖父は「本を読め」などとは一度も言わなかったし、勧めてもこなかった。ただ、書斎で彼と出くわした時、にっこりと微笑んで「欲しかったら、持っていきなさい」とだけ言ってくれた。
~~編集後記 2023年5月28日追記~~
記事を読んで下さり、ありがとうございました。なんと、記事が日経COMEMO賞を受賞しました。本当に幸運でした。
受賞を記念して、記事を記載した背景やそこから考えた事なども含めて新たに執筆した記事がございますので、お時間のある時にでも読んで下さい。