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「お節介」な歯医者さんにつき合ううちに編み出した、磨き残しを減らす方法

 もう十五年にもなるだろうか。引っ越してきた頃、突然奥歯が痛くなった私は、慣れない土地で口コミサイトを頼りに歯科医を探して予約を入れた。歯科医に行くのは大学生の頃、被せ物をしてもらって以来で、面倒だけれども放置しては鬱陶しいと思い、勇気を振り絞ったのだ。

 さいたま市の街中にある歯科医に予約時間に行き、診察の背もたれ付きの椅子に座ると、若そうに見える院長は予想外の事を言った。

「このまま歯の治療に入ってもいいですが、まずは口内環境を整備、つまり歯周病を抑えてから歯の治療した方が予後(治療の結果)は良いですよ」

 すぐに治してもらおうと思っていた私には、
「上手い事言って、治療費を稼ごうとしていないか?」
 と、疑いの目を向けていた。しかし同時に、歯周病が本当に悪いのかもとも思った。歯を失う最大の原因が歯周病である事は知っていた。迷った末、初診時のアンケートで「保険内で治療を希望する」に丸をつけたから、それほど高額の治療費にはなるまいと考えて、まずは歯周病の治療をお願いすることにした。

 一回目の歯石除去と歯面清掃の後、歯科衛生士さんによる面談があった。この医院の理念の説明から入り、歯と歯茎に対する説明になった。
「人間の歯は全部で何本ありますか?」
 といったクイズから始まり、答えられないと丁寧に解説してくれた。クイズは徐々に難しくなり、こちらの足りない知識を補足してくれた。

 

 

 その後、数回の通院で歯周病と奥歯の治療が終わり、やれやれこれで安心だと思った時だった。担当の歯科衛生士さんが、
「次の予約はいつになさいますか?」
 と訊いてきたのだ。

 こちらとしては歯医者さんとの関わりはなるべく少なくしたいところだが、説明によると、歯周病の検査は三か月に一度行った方がいいらしい。まあ、一度くらいは行こうかと思い、歯の痛みが無くなった後も続けることになった。

 こうして、歯科医院に行く度に、歯と歯茎の状態の確認、クリーニングと呼ばれる歯茎の隙間にある汚れの除去や歯面清掃をしてもらい、その時に次の予約を入れるというサイクルが出来上がった。これが十五年も続いたのは、私が断りづらい性格であることもあるが、何より、何度か検査を受けた頃、インターネットで歯のケアについて知ったことが大きい。

「欧米では歯科衛生士による口腔内のプロフェッショナルケアが当たり前になっている」

 ネットの記事にはそう書いてあった。それによると、日本人は自分で歯磨きをするだけで、デンタルフロスの使用率も低いし、プロのクリーニングも受けていない人が多く、歯周病のコントロールが悪い人が多いとのことだった。そうか、歯周病は基本治らないから、プロの力を借りつつ歯の状態を良好に保つしかないのか、これは口腔以外の体の健診を受けるのと同じなのだ。そう思えたからだ。

 

 

 歯を長持ちさせるためには仕方がないと、三か月に一度は検診とクリーニングを受けるようになったが、受診する度に磨き残しの確認をされるのには困った。今日は右上顎の奥歯が磨けていないと言われ、そこを意識して磨くと、次の検診では左下の小臼歯が磨けていないと指摘される。もぐら叩きみたいで、必ずどこかに磨き残しがあった。特に、学生の試験勉強みたいに、受診日の一週間くらい前は丁寧に磨いてデンタルフロスも頻回に行っているのに、検診ではあちこち残った汚れや歯茎の出血を指摘されていた。歯磨きが雑なのか? でも、歯磨きの仕方を教わってその通りにやってもどうしても磨き残しが出る。しかし、これでも通院するようになってマシになった方なのだ。通院していなかったらもっと大変だったろうと思われるので、毎回確認してもらえることにはありがたいが、どうして磨き残しが結構出るのだろう。

 

 

 磨く癖があるに違いない。そう思った私は、自宅で指摘された場所に歯ブラシを当ててみる。右手で持つと、左側が磨きにくいと感じる。手首を捻るようにしなければならないからだ。無理に左側を意識して磨こうとすると、右奥がおろそかになる。問題は左側か。

 その時、閃いたのだ。そうだ、聞き手の右手だけでなく左手でも磨いてやろうと。そうすれば、口腔内で磨きにくい場所は減小するはず。そう思って左手で磨く練習を始めた。初めは大変だった。左手で細かく振動するように歯ブラシを歯と歯茎に当てられない。動きが大雑把で、狙った歯を磨けない。何より動きがぎこちなくて意識を集中させなければならないし、苛立つ。

 しかし、未経験のスポーツをするのと同じで、練習すれば必ずできると信じて続けているうちに左手での磨きにくさが徐々に減ってゆき、数週間後には左右どちらの手で持っても違和感が無くなった。こうなったらしめたものだ。例えば、朝は右手で磨けば、お昼は左手で磨くといったように左右両手で磨く回数を揃えると、自分でも磨き残しが減った感覚が出てきた。歯科衛生士さんも
「今日もよく磨けていますね」
 と褒めてくれることが増えた。毎回磨き残しを示すプラーク付着率を見せられるが、多いときは14パーセントあった付着率が4パーセント台まで下がった。20パーセントを切れば悪くないが、低ければ低いほどいいらしい。磨き残しが減った分、自分の中でも口の中がスッキリする時間が保たれている感覚がある。

 

 

 今もお世話になっている歯科医院、最初は商売熱心というか、お節介なところだと思ったが、私が今でも歯を失うことなく、歯周病も悪化せず維持できているのは、そのお節介さのお陰だと感謝している。三か月に一度の三十分、そこに行くまでの時間も含めると、時間と手間はかかるが、それはいつまでも美味しく物を食べるために必要だと割り切って、これからも通院を続けるつもりでいる。

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