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0004 B-side 怪異を訪ねる

 わざわざ怪異を訪ねに行く奇特な人々がいるという。怖い場所には、人を惹きつける魅力がある。私には到底そんなことはできないが、怖いもの見たさという気持ちは十分わかる。ただ、それを行うかというと話は別だ。それを行える人と行えない人がいて、私は後者にあたる。これは冒険というもの一般に言えるだろう。私たちの先祖が、遥か南方から新天地を求めて北上しようと決意したとき、おそらくは反対する者もいただろう。一緒に行きたいけれど、どうしても行けなかったという者もいただろう。冒険をできるか、できないか、そこには決定的な断絶が存在する。そして、私は自分が冒険に不向きであるからか、冒険に向かう者たちを羨望の眼差しで見てしまう癖がある。怪異を訪ねる者たちに対してもそうである。彼らは奇特な勇者である。私は彼らの記録した書物や映像に羨望を覚え、その恐怖と興奮の片鱗にあやかろうとするだけだ。だが、それでいい。安全な場所から体験する怪異ほど心地よいものはないのだから。

1.禁足地を訪ねる

吉田悠軌 『禁足地巡礼』 扶桑社新書 2018

 吉田氏といえば、怪談を語るだけでなく、執筆も旺盛にこなし、今現在オカルト界では右に出る者はいないほどのトップランナーであるため、著作を読んだことがある人も多いのではないだろうか。圧倒的な取材量に裏付けられた説明には説得力があり、思わず唸らされてしまう箇所も多数ある
大神神社、石上神宮、沖ノ島、オソロシドコロ、御嶽、将門塚、八幡の藪知らずなどの有名どころから始まり、森神信仰の話から天皇陵へとつなげ、最後はちゃっかり犬鳴トンネルなどの心霊スポットや「きさらぎ駅」などに代表されるネットロアまで語ってしまうという大盤振る舞いな1冊である。掲載されている写真は全て氏によるものであり、いかに日本中を駆け回っているかがわかる。初鹿野諏訪神社の祟るホオノキなどは、むしろ吉田氏の手によって世に広まった場所だろう。
 禁足地というとしっかり学術的に研究されているような気もするが、実際にはほとんど研究と言えるようなものはない。考えてみれば当たり前だが、入れない場所を研究することはそもそも不可能だし、よしんば入れたとしても、「語らずのタブー」がある場合、語りたくとも語れないのである。これほど研究に不向きな場所もない。こういうのを得意とするのは、学術書よりも新書であって、ルポルタージュ風に語るとなれば、吉田氏をおいて他にはない。そういうわけで、吉田氏のいくつものベストセラーの中でも、私はこの著作が特に好きだ。
 特に、氏の語る「なにもない空間」としての禁足地という考え方は非常におもしろい。将門塚などはその最たる例で、将門の首が実際にそこに埋まっているわけではない(なにせ、彼の首がはねられた場所は平安京である)。天皇陵にしてもそうで、今現在宮内庁によって「陵」と認められている古墳に科学的裏付けはほとんどないと言ってよい。逆に、科学的調査により天皇の墓であるとわかっていながら、宮内庁に認定されていないというだけの理由で「陵」ではないとされている場所さえあるのだ。一応断っておくが、私はこのことを批判しようという意図は全くない。私が言いたいのは、禁足地とは初めから人を寄せつけない場所ではなく、現世を生きる人々の想いによってそう仕立て上げられた場所なのだということである。つまり、そこにあるのは「なにもない空間」だけであって、そこに人が意味を付与することで初めて禁足地になるということである。これは心霊スポットにも言える。
 現代の「なにもない空間」の最たるものはネット空間である。空間という比喩で語られるが、実際にはそこは空間ですらない。だが、そこに流布される言説が奇妙な現実性を帯びるのは、まさに「なにもない」からなのだ。だからこそ、逆にそこに過剰な意味を見出すことができもするし、実在する禁足地と並列して語ることも可能になるというわけだ。火のないところにこそ煙が立つ。これが禁足地の本質なのかもしれない。

2.奇界を訪ねる

佐藤健寿『奇界紀行』角川文庫 2020

 『奇界遺産』や「クレイジージャーニー」でも有名な写真家、佐藤健寿が雑誌『怪』で連載していたシリーズを文庫化したもの。オールカラーの写真満載なだけでなく、詳細な紀行文も楽しめる。日本の禁足地を堪能した後には、この本を読んで、世界に飛び出してみた気持ちになってみてはどうだろう。
 かなりディープな世界紀行が楽しめる1冊である。台湾、トーゴ(西アフリカの国)、アルゼンチン、マレーシア、アメリカ合衆国、タイ、日本、パプア・ニューギニア、ギリシア、ミクロネシア、ロシア、トルコ、インド、イタリア、ブータンと国を並べてみるだけで、途方もない移動距離であることがわかるだろう。聞いたことがある国もたくさんある、と思うだろうが、メジャーな国であったとしても、この著者の興味は、普通の人がツアーで行くような場所には全くない。アメリカひとつとっても、著者の行く先は、ロサンゼルスから300kmも離れた荒野である。「世界は広い」と標語風に言ってみるのは簡単だが、本書を読むと、本当に世界がいかに未知に満ち溢れているのかを痛感させられる。世界は広いと同時に深いのだ。「ああ、ここ行ったことある」と一つでも言えるのであれば、その人はバックパッカーとして、相当の手練れに違いない。しかし、よく、今まで生きているものだと、感心する。これまで少なくとも2〜3回は強力な呪いが降りかかっているように思えるが、何とか凌いでいるようだ。無論、そんなことを気にしているようでは、奇界紀行などできはしないのだろうが。
 ところで、私がこの本と出会ったのは、ちょうどアンティキティラの機械を調べていた時だった。本書の中にも、もちろん、アンティキティラ機械の写真と話が掲載されているが、このオーパーツについては、また別の機会に取り上げよう。実を言うと、最初は、アンティキティラの機械の部分だけつまみ読みしようかと思っていたのだが、いざ読んでみると、あまりにも面白かったので、むしろそれ以外の部分をしっかりと読み込んだほどだった。それ以来、すっかり佐藤健寿氏のファンとなった。
 特に面白いのは、不食の男、予言の葉そしてサイババを訪ねて歩くインド旅行記である。夢と現、理性と神秘が絶妙に混淆するインドという歴史ある大国の魅力がたっぷりと伝わる日記となっており、行ってもいないのにガンジス川で沐浴した気分になれること請け合いである。昔の旅人が言ったというインド旅行を評した次の言葉に嘘はない。

「はじめに(インドに来たと)喜び、次に(インド人に騙されて)怒り、そして(何度も騙されて)哀しみ、最後は(細かいことがどうでも良くなって)楽になる」

佐藤健寿『奇界紀行』角川文庫 2020

3.心霊スポット探訪の代名詞

北野誠『北野誠のおまえら行くな。TV完全版GEAR2nd Vol.1』

 心霊スポットを訪れるという行為は現在では常態化しており、いくつもの番組、映像、実証サイトが存在するが、その歴史と知名度において、このシリーズは群を抜いている。松原タニシが、事故物件住みます芸人としてブレイクするきっかけを作ったのもこの番組である。ヤラセは一切なし。そのため、いつでも不思議な現象が起きるわけではないが、真摯に丁寧にスポットを練り歩き、紹介するその姿勢が人々の共感を呼び、支持者を増やす要因となっているのだろう。
 とはいえ、やはり不思議な現象は起きる方がよいに決まっている。私が勝手に思っているだけでなく、多くのファンの間で神回と認定されているのは、「岩手心霊巡礼紀行」で間違いない。かつて「雲上の楽園」と称された松尾鉱山跡地でのロケ。現在では、鉱山労働者の住んでいた巨大なアパート群の廃墟だけが残されている。このアパート群、当時(昭和初期)としては破格の設備を備えていたことが知られており、水洗トイレはもちろんのこと、セントラルヒーティング完備の鉄筋コンクリートによる集合住宅や小・中学校、病院、映画館などがあった。芸能人が招聘されて公演が催されることもしばしばで、当時の日本の中で、最先端の都市だったと言っても過言ではない。一時期は東洋一の硫黄産出量を誇っていたが、需要の減少や輸入の増加により採算がとれなくなった末、1969年に閉山となった。強酸性の汚染水の排出で、土壌汚染が深刻化しているため、素人が安易に近づいてはいけない。心霊スポットとしては、以前から有名な場所で、特に、大浴場跡ではいまだに夜な夜な鉱山労働者たちの入浴する声や音が聞こえるという。
 ロケでもここは間違いなく「出た」と言えるだろう。単なる空耳のレベルではなく、謎の音が聞こえる。風の音とか動物の鳴き声とかそんなものではない。人の話す声である。探訪者を嘲笑うかのように、階下や階上を歩く音も頻発する。しかも一度や二度ではない。何度も音声が捉えられ、放送で視聴者がはっきりと確認できるほどのものである。ロッカーも勝手に開いたり閉まったりするし、極めつけは、誰も触っていない重い鉄の扉が閉じるという怪現象まで起こるという始末。しかも夜のロケだから、臨場感が半端ない。見ているこちらもハラハラドキドキで心拍数MAXの恐怖体験を堪能できる。

4.おまけ〜異世界の歩き方〜

地球の歩き方編集室『地球の歩き方 ムー 異世界(パラレルワールド)の歩き方——超古代文明 オーパーツ 聖地 UFO UMA』学研プラス 2022

 世界の謎と不思議に挑戦するスーパーミステリーマガジン『ムー』と旅行ガイドブックの代名詞『地球の歩き方』がコラボ。共に1979年創刊の両紙がまさかコラボすることになるなんて誰が想像できただろうか。だが、これがすごくいい感じの化学反応を起こし、旅好きもオカルト好きも文句なしに楽しめる1冊となっているのだから、不思議だ。いや、旅もオカルトも隠されたものを探しに行くという意味において、同根なのかもしれない。
 不思議スポットMAP、世界ミステリーMAPがついており、オカルトスポットを一目でわかるようにしてくれているのが嬉しい。また、ひとつの場所を地球の歩き方視点とムー的視点の双方向から捉える構成となっていて、その温度差を楽しむのも一興だ。
 章立ては、「巨石文化の謎」、「宇宙からのメッセージ」、「UMA「未確認生物」」、「聖地&パワースポット」、「ミステリーゾーンへの旅」、「沈んだ大陸の痕跡を探しに」、「ムー世界の歩き方 不思議な世界をスムーズに旅する」となっている。
 確かに地球の歩き方といえばそうだが、かなりムー臭漂う素晴らしい章立てである。もちろんれっきとした旅の本であるので、きちんと旅行指南もしてくれる。エスペラント語の旅行会話例集も充実している。私はまだ、エスペラント語で会話している旅行者達をみたことはないが、世界中に数百万人を超えると言われるエスペランティストに何人出会えるのかチャレンジしてみるのも、ムー的世界の歩き方のひとつかもしれない。傑作はお土産に最適な不思議グッズ紹介である。メキシコのピラミッドの置物とか最高にかっこいい。お土産に何を買おうか迷った場合は、参考にしてみるのもいいだろう。
 欄外の膨大な脚注も目を通していくと、とてもじゃないが1週間や2週間で読み終わる量ではない。じっくりと読むことを薦める。少しずつ移動の自由が回復し始めているとはいえ、まだ世界中を自由に旅できるほどにはなっていない。想像上で旅を楽しむという行為はまだ続くだろうが、本書は脳内旅行により十分な満足感をもたらしてくれると胸を張ってお薦めすることができる。歴史や地理の学びを通じて、その場所になぜオカルト的思念が投影されたのか、などと考察しながら読むと言う楽しみ方もある。

 お読みいただきありがとうございました。次回、0005 A-side 「幽霊物件案内」も楽しんでいただければ幸いです。


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