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食のまちストーリーズ vol.09「食卓に甘美なひと時をもたらせるもの」

鹿児島県のいちき串木野市で取り組んでいる「食のまちづくり」に関連する情報を紹介します。「食」を通じて、いろんなことを楽しむ、いろんなことをやってみる。人がいきいきと輝き、まちが元気になる。それが「いちき串木野市 食のまちづくり宣言」です。いちき串木野市は、海の味、山の味、こだわりの珈琲から蔵元の焼酎まで、心がほっとするおいしいものが身近にある、豊かな食文化を誇るまちです。この食文化をおいしく、楽しく味わいながら、人がいきいきと輝くまちをみんなで育てていきましょう。


食卓に甘美なひと時をもたらせるもの


 8年前、初めて鹿児島に来て衝撃を受けたのは、やはり醤油の甘さです。
 
 鹿児島名物「鳥刺し」を初めて食べた時の甘い醤油の存在は「きっとこれは鳥刺し専用のタレなんだろう。甘さがとっても合うなぁ」と勘違いしており、その数日後に食べた魚のお刺身と共に出てきた、より甘く、より濃度の濃いさしみ醤油を味わった時は、これが鹿児島の醤油の定番だったのか!と大きな衝撃を受けました。 

 「なんでだろう?」醤油が甘い理由について自分なりに調べてみました。

 実は明確に甘い醤油が鹿児島に広まっていったのは、物資が豊かになり始めた昭和30年頃のようで、ある男性が、醤油にどっさり砂糖を入れて魚の煮物に味付けをする奥さんの姿を見て、「それなら、はじめから甘口の醤油だったらどうだろう?」とひらめき、つくり始めたというのが一説。
 
 今では鹿児島の味としてすっかり定着していますが、「鹿児島の甘い醤油文化」は今から約70年前と意外と最近の出来事だということにはちょっとびっくりしました。そういえば鹿児島の食べ物は醤油だけではなく甘みが強いものが多い。なんでだろう?これは更に調べる必要性を感じてきました。 

 鹿児島の味付けが甘い理由を調べてみると、
・暖かい気候から甘辛い料理が好まれるから
・辛口のお酒である焼酎には甘い料理が合うから
・薩摩藩の時代から奄美を中心に砂糖の一大生産地であったものの、庶民は口にできなかったという甘いものへの渇望感があったから
・そこからくる「甘いものは贅沢なものだから客人へのおもてなし」という考え方
などなど、諸説が出てくる出てくる。
 
 そんな中、鹿児島の人たちが古くから甘いものを好んで食べていたという証拠らしきものを見つけました。
 
 江戸時代後期、江戸から薩摩へ旅しにきた人が執筆したとされる〈薩摩風土記〉という書物に、こんな一節があります。

「そはは至りてよし。さるに入て出す、したじあまし、江戸者にはくいにくし」(ざるに入って出てきたそば自体は美味しかったが、つゆが甘くて江戸者の口には合わなかった)

また、「此の国のもの、何を煮ても甘し」という記述もあり、少なくとも江戸〜幕末の頃には鹿児島に甘い食文化があったことが記録として残っています。
 
 もともと甘いものを好む食文化が鹿児島の風土としてあったから、甘い醤油もすんなりと受け入れられ、あっという間に鹿児島の食文化と言われるまでに浸透したことが推察できそうです。
 
 県内各地で地域の大事な食文化を育んできた醤油屋さんは、その鹿児島独特の「甘味」を使って各製造元のオリジナリティを発揮しています。いちき串木野市にも現在、醤油屋さんが2社あり、各家庭によって“推し”の醤油があるところも「食のまち」らしい一面ではないでしょうか?
 
 今となっては鹿児島の甘い醤油にも慣れてきたので、食べるものによって甘い醤油、しょっぱい(辛い)醤油を使い分けたり、料理をするときも砂糖の使用量を調整できたりと、選択肢のバリエーションが広がり、とても楽しいです。
 
 そして、甘味には快楽や喜びをもたらすドーパミンを脳内に分泌する力があり、脳内幸福度も上昇し良いこと尽くしですね。
 
 まだ体験したことのない人には是非この甘い醤油を味わってほしいですね。個人的なお薦めは「冷奴」と「卵かけご飯(TKG)」です!


「ふるさとの隠し味を守り、チャレンジを続ける」
〈吉村醸造株式会社〉

 吉村醸造は今から約100年前の昭和2年、市来大里で始まり、料理の隠し味でもある味噌や醤油といった調味料をつくり続けている会社です。お醤油味噌〜♪お醤油味噌〜♪と、地元のシンガーソングライターがつくった歌を流しながら配達するトラックと、鹿児島に住んでいたら遭遇したことがある人も多いかもしれません。
 
 直売所や商品パッケージのスタイリッシュなデザインやユニークな商品を次々に生み出すところから、第一印象としては鹿児島醤油界の革命児のように感じますが、「当たり前のものを当たり前につくる」ところを大前提に置き、その上でさまざまなチャレンジをしている企業です。 

 社長の吉村康一郎さんは「鹿児島の醤油メーカーは年々減少しているのが現状です。伝統工芸の職人や農家と同じように、食の多様化という社会の変化によって売上は減少し、後継者不足に悩んでいるのも実情です。いつもの変わらない味をつくり続けるなかで、商品製造技術は進歩し、消費者の味覚やニーズも変化しているので、醤油メーカーは変化し続けることが必要だと思います。甘い醤油はなかなか県外では受け入れられにくいため、味の改良や新たな商品を開発する必要があると考えています。「鹿児島の甘い醤油」を伝承してくため、変化し続け、新しいフィールドに出ていき、永く続く形を模索ながら生き残っていかなければならないですね」と語ってくれました。
 
 個人的には地元の老舗企業が飽くなきチャレンジを続けていることが何よりも素晴らしく、嬉しいことだと感じています。 

 甘い醤油をたっぷりと塗りたくった「しんこ団子」はみんなに愛される味でついつい食べ過ぎてしまうし、「醤油ソフト」は醤油屋さんにしか出せない味で、鹿児島の暑い夏を乗り切るアイテムのひとつになっています。

text:Fumikazu Kobayashi
photo:Fumikazu Kobayashi


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