魚の視点で川を考えよう〜東京・森と市庭 取締役 菅原和利さんに話を聞いて〜(前編)
東京・森と市庭 取締役 / 小河内漁協 監事 / アングラーズマイスター初代MVP 菅原和利さんのインタビュー記事の前編です。後編はこちら。
全6回のイベント「おいしい流域」の企画を進めていく中でたくさんの問いに出会いました。その問いを深めるべく、”山、川、海のつながり”について様々な方にインタビューをしております。
※本プログラムは、日本財団 海と日本PROJECTの一環として開催されました。
海と川を行き来する魚たち
本来なら、アユは川に堰などがなければそのまま遡上できるんです。基本的にアユやサクラマスなどの魚は生まれ育った河川に戻っていける性質が元々備わっています。でも人間の暮らしがそれを妨げてしまったがゆえに、遡上できなくなってしまった現状があるんですね。堰を全部なくしましょうと言のはもちろん簡単なんですが、では人間の暮らしどうするんだ?ということの狭間で。どこを妥協点にするかなのですが、多摩川だと東京都が魚道を整備して、魚が上れるようにはなっています。ただ当たり前ですが、堰がない方が遡上するアユは増えます。また、多摩川は釣り人の数が特に多いので、資源管理をしっかりやらないとアユの絶対量を維持できないんです。今は琵琶湖の方から養殖したアユを仕入れて放流しているのが実情です。
放流したアユなので、本当の意味での「江戸前アユなのか」は議論が分かれますが、多摩川だと川崎くらいまでは、天然のアユが上ってきています。堰があるところでアユが止まってしまうので、漁協で人為的にアユを堰の上に移してあげる活動もされているようです。
サクラマスもうちの奥多摩地域のお爺さんに話を聞いたら、昔奥多摩湖がなかった時代は、奥多摩から羽田までヤマメが降ってサクラマスになって、また戻ってきていたそうです。そんな景色が、昔は当たり前に春先に見れたんだ、と。当たり前にあったものが人間の活動によってなくなっちゃったのかと、すごくもったいないなあと思っていました。今も奥多摩湖にもサクラマスが生息していることがわかってきたので、昔とは違う形で、今の時代に合った形でサクラマスを呼び戻せるような川にしていきたいなと思って始めたのが東京サクラマスプロジェクトです。
活動の内容ですが、まず川に放流するヤマメの絶対量を増やすこと。川毎に適正なヤマメの個体数は大体決まっているんですね。例えば、流れ込みが激しいところにはヤマメは居付くことができないので、ちょっと淵になっていたり、深場があったり、岩陰があったりするところに隠れていて、虫が流れてきたらパッと食べる、という習性があるんです。強い個体が川の上流から順に残ってるんです。上流に行けば行くほど、ヌシみたいな個体がいたりするんですけど、下っていくとだんだん小さくなってくる。下流に流れきった先で、もういよいよ居付けるところがないという状態になると、ヤマメは海を目指すんですよ。それがサクラマスなんです。
ただヤマメは淡水魚なので、そのまま海に入ると死んでしまいます。そこで、スモルト化、銀化というんですが、体の表面が銀色に変わって、海でも対応できるように、ある意味変身するんですよね。海に入れるように体を変化させて、海で小魚をたくさん食べて、寿命を縮める代わりに体を大きくすることを選ぶ。海で戦えるように、エサをたくさん取れるように。そしてまた産卵の時期になると、ヤマメと同じように川に戻ってきて上流部に遡上して産卵して一生を終えるというのが、サクラマスの生態ですね。
魚にとって、ダムが海になった
ヤマメもマスも同じマス族の魚で、英語でマスをトラウトと呼びます。サーモンも似たようなもので、体の大きさでトラウトかサーモンか、という分け方をしますが生物学上の区別は曖昧で。お寿司屋さんの養殖のサーモンはニジマスだったりするんですよ。餌をたくさん食べさせて体が大きくなるような性質のものを育ててサーモンとして出すことはよくあります。このマス族の生き方が、人間にちょっと似ていて面白いなと。本当は地元の川で生きたかったけど、生ききれなくて、逃げるように都心という海に行って、そこでもみくちゃにされながらも大きくなって、川の上流の地元に凱旋するみたいな、そういう人間らしさを感じる魅力が、特にサクラマスにはあると思っています。このサクラマスという存在そのものが面白いので、もっと多くの人に認知してもらって、その生き方とともに伝わっていったらいいな思っているんです。
奥多摩湖で本当にサクラマスがいるのか「東京サクラマス捕獲大作戦」というイベントを一昨年にやったら5匹つかまって、奥多摩湖にサクラマスがちゃんと生存していることがわかりました。この時捕獲されたサクラマスの最大サイズは55センチぐらいで、生態的にも大きく成長できる環境が奥多摩湖にはあるというところまではわかってきています。
奥多摩湖に棲むサクラマスは海に降りていないので、陸封型、ランドロックサクラマスと呼ばれます。海に降らずに湖でサクラマス化するマスがいるということです。よく似た魚で、サツキマスという魚がいますが、ヤマメと違うのは体に赤い斑点がたくさんついているところで、陸封型のサツキマスのことはアマゴと呼ばれます。アマゴは東京にはおらず、この辺だと山梨が一番最寄りになります。奥多摩湖は東京の奥多摩町から隣の山梨県の丹波山村と小菅村まで川が繋がっているんですが、丹波山村にはアマゴがいるんですよ。元々自生していたアマゴが奥多摩湖まで下って、サクラマスと同じように銀化しています。このサツキマスも奥多摩湖で捕獲しました。
イワナが海に降るパターンもあって、それをアメマスと言いますが、北海道に広く生息する魚で僕も釣ったこともあります。イワナは元々川の最上流部に棲んでいて、小菅村にもいます。そのイワナがヤマメと同じ理由で川を降る性質のものが一部いて、小菅村から奥多摩湖に降って、70センチぐらいまで大きくなったアメマスを奥多摩湖で釣った方もいます。ポケモンみたいに最終進化したマス族のすごい個体、アメマス、サツキマス、サクラマスという3種類が奥多摩湖に棲んでいるんです。東京にこんな環境があるというのはとても面白いなと。まだまだ釣り物として認知されていないし、釣ろうと思っても簡単には釣れない魚ですが、もうちょっと個体数が増えて釣れるようになったら、釣りのフィールドとして、トラウトのフィールドとしても非常に魅力的な場所になると思っています。
またトラウトだけではなく、アユも奥多摩湖には棲んでいます。いま奥多摩湖にいるアユは養殖で放流されたものだと思いますが、元々は天然のアユも棲んでいたと思います。丹波山村や小菅村から降ってきたアユが、奥多摩湖ができたことによって、海まで降れなくなったんですね。だからサクラマスと同じように、奥多摩湖を海に見立てて、そこで大きくなるランドロック型のアユがいることも分かっています。
ダムができたことによって海には降れなくなったけど、ダムと源流の間を行き来している魚たちがいるということなんです。生き物としての強さには素晴らしいものがあるなと思います。本当は海に行こうとしたけど、湖までしか行けないというのがどこかでわかって、もうここで大きくなるしかないと銀化していった個体が何世代も続いてるんです。一度銀化した魚は、その子孫も銀化する傾向が高くなるんです。覚醒するんですね、サイヤ人みたいに。だから、そういう覚醒した種をもっと増やすことで、奥多摩湖も、その源流域の河川もより面白くなるんじゃないかなと。
上流部に人為的にダムが作られてしまったという現状はあるんですが、そこを悲観的に捉えず、自らを変えて、適応しているマス族たちの強さは素晴らしいなと思うんですね。そして人造湖の中にこれだけ豊かな生態系が守られているという。今は専門的に研究している人がいませんが、今後研究のフィールドとして認知されていけばいいなと思っています。
(後編に続く↓)
全6回のイベント「おいしい流域」の企画を進めていく中でたくさんの問いに出会いました。その問いを深めるべく、”山、川、海のつながり”について様々な方にインタビューをしております。
※本プログラムは、日本財団 海と日本PROJECTの一環として開催されました。