マラソン大会のきなこもち
小学生の頃のマラソン大会。
とてつもなく、スーパーミラクル、なんと表せばよいかわからないくらい最上級にマラソン大会が私は嫌いだった。
疲れるのはもちろんだが、子どもながらにマラソン大会での順位がなんとなく自分たちを格付けされているように感じていた。(運動会での順位はそんな風に感じないのは何だったんだろうか)
マラソン大会が始まるまでは、なんとなく重い空気を感じているのだが、その空気をガラッと変えてくれるのが大会後にふるまわれるきなこもちだ。
マラソン大会から解放され、一生懸命走ったあとに外でみんなと一緒に食べるきなこもちはとても美味しくて、マラソンの疲れもそれこそふっとぶのだ。
ある年のマラソン大会。私は全然力が出ず、すごく苦しい思いをしてゴールしたことがある。周りから言われたのは、「どうしたの?」「なんでそんなに遅かったの?」「〇〇ちゃんより遅かったね。」「もっと早くゴールすると思ったよ。」という言葉だった。
もともと長距離を走るのが嫌なのに、一生懸命ゴールしたのに、なんでそんなことを言われなきゃいけないんだ!という悔しい気持ちと悲しい気持ちでいっぱいだった。
きなこもちを食べる時間も楽しかったはずだが、心の中にどこかもやもやした気持ちがあり、そのあとは早く帰りたい!という気持ちでいっぱいだった。
家に帰った私は悲しい気持ちがあふれて、いそいで誰もいない二階へ駆けあがって泣いた。一人になって泣いた。マラソン大会は土曜日で、父が確か応援しに来てくれていた。
父も、私がいつもより遅くゴールしたことは知っていたと思う。
下から私を呼ぶ声がする。「お父さんにも何か言われる。」私の心はまた黒いもやもやができた。家でも何か言われなくちゃいけないのか。
返事をしたくない、と思うが父は私を呼ぶ。「どうしたの?」と聞かれたらうまく話せるだろうか。何があったか言えるだろうか。私の気持ちを伝えられるだろうか。
いろんなことを考えた。
父は私を呼ぶ。
呼び続ける。
思いきって返事をした。大丈夫、涙声にはなっていないはずだ。
そして父はこう言った。
「きなこもち、今日は何個食べた?」
マラソン大会で何があったかなんてどうでもよくなったよ。今日はきなこもち、2個食べました。