命綱を外すという事は、真剣に向き合うという事
失敗するかもしれないリスクを取らないと、得られるものは何もありませんよっていう話です。
当たり前といえば当たり前の話なんですが、最近失敗するかもしれないリスクを取った記憶はありますか?
おしらく出てこない人やしばらく考え込んでしまう人も少なくないんじゃないかなと思います。
・勉強会の最後に手を挙げて質問してみる。
・上司に業務の改善を提案してみる。
・入ったことのないお店に入ってみる。
・作ったことない料理を作ってみる
命綱からは程遠いですが、
これらをするときって、少しだけ勇気が必要になのかもしれません。
もちろん、なんの躊躇もせずにできちゃう人もたくさんいると思います。
大人になると、この少しだけ勇気を使うことすら選択する必要がないくらい、今の生活のルーティーンが確立されてしまいます。常識とか、世間体とか、いろんな当たり前によって、やってみようという気持ちすら気付かないこともあるでしょう。
しかし、
何か新しい自分に出会ったり、成長したりしたかったら、この少しだけ勇気のいる選択をしていくことが大切です。
勇気のいる選択を邪魔するのは、「確立されてしまった日常」だけではありません。
それは、失敗を恐れる心です。
これがなかなか手ごわい。
上に書き出した例えは比較的簡単にできそうな事として挙げてみましたが、
勉強会の質問は、「そんなこともわからないで聞いていたのか?」と自分の無知をさらしてしまうリスクがありますし、
料理だって、自分の舌に合わなければ、一食無駄にしてしまうリスクがあります。家族がいればなおさらですよね。
でも死なない。
失敗したって死なないんです。
質問してみればいいし、意見を挙げてみればいいんですね。
ここで間違えてはいけないのは、
失敗してもいいわけではない事。
勉強会内容と重複する質問をしてしまっては、真剣に聞いていなかったことが伝わり、信用を失ってしまいますし、
業務の向上を考えて意見を挙げないと、今までの仕組みやそれを作った人に対する批判と捉えられてしまいます。
いずれにしても、真剣に物事(挑戦する事)と向き合っていないとできない事です。
失敗しないための命綱にがんじがらめになって、身動きが取りづらくなっていませんか?
その命綱と思っているもの、少しずつ外してみてはどうでしょう。
少しだけスリリングな日常を送って、僕と一緒に新しい自分になったり、成長していきましょう。
僕は今日カチョエペペというパスタを作ってみます。