地域で楽しく過ごすためのゼミ 9月 2/2

前回に続き2人目の要約です。

─<以下要約(守岡分)>─

【本の選定理由】

地方創生(地域おこし)の重要なツールとして観光がある、という印象を持っている。その土地の魅力がうまく活かせない、いわゆる「さびれた観光地」はなぜそうなってしまうのか、陥りやすい問題点があるのか、対策としてどんなことを心掛ければよいのか知識を得たいと思った。それが観光以外の地域おこしにも活かせるのではないかと思った。

【本の主題】

東京オリンピック・パラリンピックが招致され、中国人の爆買いが注目されたり、訪日外国人が増加したりと「インバウンド」のパワーが注目される一方、潜在的な力を過信し、努力を怠った結果「ダメな観光地」と化してしまうケースが多いことに着目して、小さい村ながら年間200万泊の観光客を受け入れ、またその7割がリピーター客となっているスイスのツェルマットをロールモデルとしながら、地域の付加価値をあげ、ひいては日本全体の付加価値を挙げ「感幸地」となっていくための方法提案がなされている。

【章立て】

はじめに (山田桂一郎氏の紹介)

第1部 観光立国のあるべき姿 (山田桂一郎氏の考察)

第1章 ロールモデルとしての観光立国スイス
第2章 地域全体の価値向上を目指せ
第3章 観光立地を再生する
第4章 観光地再生の処方箋

第2部 「観光立国」の裏側 (藻谷浩介氏と山田桂一郎氏の対談)

第5章 エゴと利害が地域をダメにする
第6章 「本当の金持ち」は日本に来られない
第7章 「おもてなし」は日本人の都合の押しつけである

おわりに (藻谷氏の話とあとがき)


【各章の要約】

第1章

山田氏が住んでいるスイスのツェルマットはアルプスの谷間にある小さな村だが年間約200万泊の客が訪れる。(※守岡追記:福島県の宿泊者は2017年で約1,000万人 県統計より)しかもリピーターが多い。その理由は、ただ景観がよいからだけではなく、この地に住む人たちが地域に対して愛着と誇りを持ち、心から楽しく豊かに暮らしていることで、他地域から見ると魅力的な「異日常」の空間に映り、何度でも訪れたい場所となっているからである。スイスがロールモデルたりうるのは、ヨーロッパの辺境地にすぎず、自然災害に悩まされながらも必死で生き延びてきたなかで、国だけでなく自治体単位で地域経営に対する危機感を常に高く持ち、あらゆる業種で観光産業と連携したマーケティングとブランディングを行い「高品質・高付加価値体質」と共に質的向上を続ける経営体質を確立してきたからである。一方、日本の観光地は一見の客を効率よく回すことだけを考え、満足度やリピーターを獲得する努力を怠ってきた。また、そこが問題であることにも気づかず目先の業界利益にとらわれているところが多い。これから先、日本がヨーロッパ並みの成熟した先進国家であり続けるには、観光・サービスを最重要産業と捉え、それを発展的にのばし、他産業へ効果的に波及させることを真剣に考えなければならない。もちろん、地域住民が本気で地域や共同体の在り方を考え、時代の変化に関わっていかない限り地方が生き残れないのも事実。最も参考にすべきはスイス人のもつしたたかな地域経営ではないか。

第2章

スイスには「ブルガーゲマインデ」という役所や役場のような行政機関とは違う住民主体の自治組織があり、地域経営の基盤となっている。幅広い住民が立場を超えて集まり、「地域の利益・利潤の最大化」と「よりよい地域として将来世代へ引き継ぐ」という目的のもと、地域内連携を取る重要なプラットホームとして機能しているという特徴がある。どこでも地域全体で何かに取り組もうとすると、必ず出てくる問題が同業他社による足の引っ張り合いだが、それぞれが地域内で住み分けながらそれぞれのポジションを活かした経営をすることで、全体が盛り上がらなければ意味がないこと、地域全体の利潤を高めないと個々のビジネスも潤わないことをよく理解し、「地元で買う・地元を使う」の地域の魅力思想を徹底している。それは環境面、人材面にも同様である。
今、日本の観光・リゾート地に欠けているのがこの「地域内でお金を回す」という意識ではないか。象徴的な例が地方のシャッター商店街である。商店街から活気が失われると地域の魅力が薄れ、さらに人が寄り付かなくなる。観光地も同様で、ただの「観光地」ではなく旅行者と住民にとって幸せを感じられる地域としての「感幸地」を目指していくべきである。

第3章

ブルガーゲマインデの例を実践した成功例を紹介している。まず、北海道弟子屈町(てしかがちょう)は「てしかがえこまち推進協議会」を設立。町内のあらゆる組織、団体を包括的に取りこむことで様々な事業を一本化し、住民が主体となったしくみを行政側がサポートする「行政参加」型とし、さらに経済的活性化のための産業振興だけを目的とせず、町の「自立」「持続」を図った。町民なら誰でも参加できるようにしたことでそれが功を奏し、着地型観光を推進する会社を行政の補助金に頼らず、自前で立ち上げ、エコツーリズムの推進も進めている。
 また、岐阜県飛騨市古川では、「株式会社美(ちゅ)ら地球(ぼし)」によって、地域の日常を商品化・サービス化した。日本の原風景ともいえる里地里山をありのまま体験できるツアーをいくつも用意されており、英語ガイドが案内するサイクリングや麩や豆腐づくりといった飛騨の食文化に触れるといったものが人気である。旅行者との直接な交流は住民の観光に対する意識改革にもつながった。ツーリズムに関する新たなビジネスが国内に留まらず、グローバルな展開を見据えている。
富山県では2011年から「とやま観光未来創造塾」を主催し、人材育成に力を入れている。北陸新幹線の開通で通過地点となり、影響が心配されたが平成27年の延べ宿泊数の対前年比で全国一位となった。徹底した人材育成が功を奏した。

第4章

観光による地域経済の活性化を進めるには、ピラミッド型のマーケット構築が必要である。昔からの質より量、効率重視ではなく「今だけ、ここだけ、あなただけ」の視点が必要。旅行者は遠くから来る人ほど消費意欲が高くなる傾向がある。価値あるものとして認知してもらわなければならない。他には、日本人の休日分散化も外せない。
そもそも観光振興が必要なのは、人口減少による内需の落ち込みが地域経済に大きな影響を与えるからである。農林漁業や地場産業の就業者を増やすためにも「地産地消」ではなく「地消地産」を実践する必要がある。観光立国を推し進めるためには日本のあらゆる英知と産業力を結集させるべきで、それは「日本に住む人々の幸せと社会の豊かさ」に貢献できるものでなければならない。

第5章

地域振興や再生の問題を突き詰めると「エゴと利害」がすべての原因である。
・首長の交代 ・行政による劣化版コピー(模倣、横取り)・補助金の使い方
・人材育成の間違い ・安易な観光キャンペーンによるツアーの劣化
・顧客フィードバックの不在 ・PDCAサイクルの不浸透

第6章

「本当の金持ち」富裕層は日本に来られない、宿泊設備・交通機関等、受け入れ体制の未整備。

第7章

広域ルートで集客を考える時に重要なのは、共通したテーマ、価値である。そして「地消地産」ができていないところは観光業の売り上げが地元経済に還流しない構造となっている。「理念」としての「ビジョン」の無さと「戦略」の甘さが致命的にある。「おもてなし」についても、相手が何を望んでいるかをマーケティングせず、事業者の都合を押しつけているだけである。また、宿泊施設やレストランの客観的評価基準がなく、外国人にはわかりにくい。
  相手の目線に立てば可能性は無限である。日本各地が観光地化するのではなく、旅行者も住民も幸せを感じることができる「感幸地」になれば、日本は世界中から羨望される観光大国に自然となっていくことができると信じている。

【感想・批判】

「観光立国とは国内外から観光客を誘致して、人々が消費するお金を国の経済を支える基盤のひとつとしている国のことである。」ことをふまえて考えると、本書はインバウンドの推進を主軸に話が進んでいる。外国人と日本人、ハイエンド層とローエンド層のモノの考え方とお金の使い方を同列にしては、長期的にはうまくいかないのではないか。バランスというか、ある程度のすみ分けは必要だと思う。実際、京都などのように、外国人観光客が押し寄せた結果、日本人観光客が減ってしまった観光地もあると聞く。また、観光地化が進むあまり、地域住民の生活の場が脅かされたりするのでは元も子もないのだが、このいわゆる「オーバーツーリズム」に対する考察がなかった。とはいえ、本書において一貫している「住民たちが地域に対して愛着と誇りを持ち、心から楽しく豊かに暮らしていること」は観光だけでなく、地域づくり全般に必要なことだと思う。(人間関係の構築で「自分を好きにならなければ他人にも好きになってもらえない」という話に通じている・・?)他には著者が「ゾンビ」と呼ぶ古からの勢力に関して、どのように攻略してきたのか知りたかった。
「観光立国の正体」とは、住民が心から誇れる魅力ある地域をつくること=持続可能な社会をつくること、ではないだろうか。

─<以上要約(守岡分)>─

ゼミ企画者による補足

今回の課題図書は、今まで以上に取り扱いの難しい本であったように思う。そう思う要因は様々にあるが、学習するという観点から述べるとすれば、あまりにも情報が生すぎるというのが非常に大きい。

冷静に考えて、スイスでうまくいった方法を、日本にそのまま当てはめることは出来ないはずである。日本で当てはめるにしても、日本とスイスの共通点や相違点を把握し、スイスのやり方を日本でもうまくいくように修正する必要がある。ヨーロッパの中の小国スイスと、太平洋の島国日本とで同じ方法が成立すると考える方が変である。

この本では、そういった日本とスイスの違いや、その違いをもとにしてスイスのやり方を日本にも合うように修正するといったような議論はあまり見えてこない。

本書はスイスの観光の有り様を知るうえでは意義のある本であるが、それを日本で実践しようとするためには、あまりにも情報が少ないし、抽象化もされていない。せめて、これまでに筆者が携わってきた日本のプロジェクト(成功失敗問わず)の反省を通じて、日本化したスイスのやり方を提示してくれればいいのになあと思う次第である。

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