078 『ヤマノススメ』の事を話そう
2022年にアニメから入って転んだ『ヤマノススメ』、ある面ではガルクラの対極とも考えられる。主人公雪村あおいは(最初は)旧友の倉上ひなたに引っ張られる存在だし、青い空と白い雲が舞台だし、結局は陽キャの肯定になってる。しかし山あり谷ありの生き方の肯定、学校に居場所がないなら外に出よう、という思想では山とバンドに似たところがある。
とはいえそれぞれに重い/辛い過去を受け入れ、克服し、認め合うガルクラ、陰キャで承認欲求モンスターがバンドで名実ともにギターヒーローになっていくぼざろに比べ、『ヤマノススメ』は「女の子だけのゆるふわアウトドア」と銘打っていることからわかるようにその作風は(他の日常系まんが/アニメと同じように)結構穏やか。しかしそれがバンド物とアウトドア物の決定的な違いと思う。
簡単に言えばバンド物、芸能界ものに命のやり取りが必要な場面はあまりない。もちろんトーイが襲われたり、『推しの子』でも自殺しそうな場面はあった。しかしそれは話を展開した上での帰結であり、山登りのように最初から命の危険が潜む分野とは根本的に違うと思うのです。つまり芸能界ものは緊張のドラマを作るには出来るだけ主人公を追いつめる必要があるが、山マンガでそれをやると本当に命を削る物語になる。しかし『ヤマノススメ』はそんな登山マンガから脱却し、普通の登山者(になる過程)をマンガにして見せた、見せているのです。
だから『ヤマノススメ』は優しい世界ではあるけど公式が明言するほどゆるくもないし、ふわふわしてもいない。主人公が一歩ずつ(その足し算志向は山登りの考え方そのもの)外に踏み出していく過程は幸運の連続だけど、山に関してはマンガでもアニメでも極めて真面目です。それを最初に明確に表現したのがセカンドシーズンの三つ峠山で、決定的にしたのが次の山の富士山。その最初の富士山へのアタックの結果は第四期「Next Summit」の目的が富士山再挑戦なので察しが付くと思いますが、圧巻なのは雪村あおいのつらい結果に至る過程。これでこそ自然を扱うアニメと言える、経験に基づくドラマにして見せたのです。もちろん後で読んだ原作マンガも同様でした。
しかしゆるふわでないと気づいたのは(再放送の)セカンドシーズンからで、私が一期から夢中になったのは「インドアもいいけどアウトドアは楽しいよ」という原作でも明確にあるメッセージです。(ぼっちちゃんほど重症でないけど)陰キャで中学三年間を過ごしたあおいちゃんは高校入学で同じクラスになったひなたに強引に山に誘われます。そこに私は原作者しろ先生の、現代(社会、あるいは文明)に対する見方を垣間見たのです。だから私も少しは山をやってみようという気になったのです。
しかもアニメ『タッチ』が発明、発見した青い空と白い雲という青春の象徴を、第一期から明確に表現してる。あおいとひなたの仲はもちろん、続けて出会うかえで先輩、ここなちゃんらとの爽やかな関係は『タッチ』の爽やかさを確実に受け継いでいる。しかし違うのはスポーツ漫画が結局は主人公の勝利が敵役の油断と言う、作劇上の逃げが良くも悪くも使えるのに対し、アウトドア物は『ゆるキャン△』にも通ずる、「自然は容赦しない」という厳しさがある。だから上杉達也は青い空と白い雲の下で甲子園を目指したのに対し、あおいたちのパーティーは自然の象徴である青い空と白い雲を舞台に、あるいは天候の指針として気を配りながら、山ガールをやるのです。
そんな違いはあっても野球も山も太陽の下でやるものなので、陰キャになる理屈がありません。そんな健康さが(アニメでもマンガでも)『ヤマノススメ』に惹かれた最大の理由なのです。(大塩高志)