パクチーは予期せぬ時期に収穫された。からのミゼレーレ by ジョルジュ・ルオー。
パクチーを収穫した。きっと家庭菜園とかに詳しい方からしたら、「?、早くない?」と思われることだろう。
種屋さんも悪い。都合の悪いことを人のせいにするわけではないが、裏面に書いてあるHow toには、「1センチくらいの溝に10センチ間隔くらいでタネをスジ撒きにします。土をかけ軽く押さえます。発芽後、本場が2−3枚で混み合っているところや生育遅れの株などを間引いて・・・。」それはちゃんとやった。
紫蘇と一緒に撒いた。紫蘇にも似たようなことが書いてあった。そして、紫蘇の種には、購入したところが育て方メモを入れてくれていて、水を切らさないようにと書いてあった。そうねそうね、種まき=お水だよねー。
紫蘇はすこぶる順調。よしよし。なのにーーーー。パクチーさん、あなたのとってこれは真の姿なのでしょうか?ほそっ。
真の姿ではなかったようです。こういう時はネットの波に身を委ねます。「パクチー ひょろひょろ」で検索したら、「パクチーは元々地中海沿岸が原産地の為、カラッした暑さを好み、日差しが大好きです逆に湿気を嫌います。」!
この現象は徒長という現象らしく、水のやりすぎと、お日様を求めてぐんぐん伸び過ぎてしまったことが原因。紫蘇とは違うんだ。
当たり前である。違う植物なんだから。これは失敗で、やり直した方がいいと。
あーあ。失敗はつきものだ。初めてのことだもの。ということで、今朝収穫してまた、タネを蒔いた。そしてプランターを一番お日様が当たる場所に移動。
今度こそ、頑張ってください。
しかし、パクチーさんはすごい。収穫してお水で洗っていると、あの、例の、パクチー臭がするではないですか!。こんなにスプラウト状態の形状にも関わらず、もうアジアンな香りがする。すごいな。
そしてまた、余計なことを考える。パクチーは生まれたばっかりでもこんなに個性を発揮するんだ。人間の赤ちゃんってどうなんだろう?どのくらいから「その子らしさ臭」がするんだろうか。と。
お母さんから聞いたお話だが、(ここからはちょっと、猟奇的な内容が含まれますので、苦手な方はご遠慮ください。)私は赤ちゃんの頃、お母さんの、そのー、乳首に噛みついちゃって、なんてことだ、怪我をさせてしまった。無意識化だったとはいえ本当にごめんなさい。多分今でも意識せずストローを噛んでしまうから、そんな癖っていうか・・・。おっきくなってその話を聞いて、どれだけうなだれた事か。生きていく価値すらないな。くらいの反省。このお話はここで終わり。
(ここからは大丈夫)ひょろひょろなのに香るパクチーの赤ちゃんを洗いながら、ルオーの作品を思い出した。
「正しき人は、折られてもなお 白檀の木の如く己を撃つ斧に香を移す。」
ルオーの代表作である版画集ミゼレーレの中の一枚。この作品を初めて見た時、作品よりも先にこのタイトルに心を動かされた。始まりの「正しき人」という言葉は傍に置くとして、その後の折られても、自分を折った斧にさえ香りを残す。という言葉に魅せられた。「そんな人になりたいな。」わかってる。簡単じゃないし、そんな事、絵空事だって思う感じもわかる。でも、なんだかストンと心に落ちてきて、出来ないくせに、すぐに感動する単純な思考の持ち主である私の、小さな目標リストに入ってしまった。
ジョルジュ・ルオー。アンリ・マチスと共に、ギュスターブ・モローに師事した画家。他の画家と違って「画壇」や「流派」とは無縁に制作を続け、真摯に自分の作品を追求し続けた孤高の画家である。
この作家には有名な裁判の話があって、画商であったアンブロワーズ・ヴォラールと作品の権利に関するの契約を結び、ヴォラールから作品の所有権を、全作品にわたって行使されそうになった。けれどルオーは、未完成の作品は未完成なのだからと、世に出すことを嫌い、未完成作品の所有権は画家本人にあると主張。裁判により「未完成の作品に関してはルオー本人に所有権がある」という判決をもらい、なんと、その300点余りの未完成作品を燃やしたのだ。
ルオーの作品に対する、それを見てくれる人に対する確かな良心の表れだと私は思う。「カッコつけ」な感じがするかもしれないけど、私はこういう作家の方が、中途半端な作品を世に送り出す作家より、断然好き。
おまけにルオーの没後、ほとんどの作品は遺族によってポンピドゥーセンターやルーブルなどの美術館に寄贈されています。遺族も素敵。
もし興味があったり、お近くの方は今、パナソニック汐留美術館で「かたち、色、ハーモニー」と題して、ジョルジュ・ルオー展が開催されています。
戦争や宗教、暗い画風の絵も多いルオーですが、生きていく以上、暗い出来事に全く出くわさないという事もありえないし、物事の良い面ばかりを取り繕っても、いい作品にはならないと私は思う。経験をインプットして咀嚼して、自分なりに熟考してアウトプットした作品だったら、私はどんな作品でも見てみたい。そして見てから考えようと思う。
黒一色に塗りつぶされた画面だったとしても、その表現における作品が、暗いだけのものとは限らない。
ルオーの作品を見るときは、タイトルをぜひぜひ見てほしい。ミゼレーレの中には
「上流階級のご婦人は、天国で予約席に着けると信じている。」とかいう絵もあります。うふふ。
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